「ご遺体を入れ忘れていない?」――棺を持ち上げた瞬間、そう疑うほど軽かったという。火葬場で働き始めて間もない頃、担当したのは10代の娘を自死で亡くした両親の火葬だった。激しく損傷した遺体、そして棺の軽さに気づいた父親の表情を、今も忘れられないという。

 火葬場の現場で突きつけられる“正解のない判断”について、『最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』(竹書房)の第5巻を発売した元火葬場職員・下駄華緒さんに話を聞いた。

下駄華緒さん ©細田忠/文藝春秋

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「火に巻かれて亡くなったのに、火葬でまた熱い思いをさせてしまうのか」

――『最期の火を灯す者 火葬場で働く僕の日常』の第5巻には、自死した方の火葬を担当されたエピソードも描かれていますよね。これは、下駄さん自身の体験だそうですね。

下駄華緒さん(以下、下駄) はい。働き出して間もない頃でした。参列していたのはお父さんとお母さんの2人だけ。亡くなったのは、まだ10代の若い女の子でした。

 当時まだ20代で、「死」を意識した経験がほとんどなかった自分には、目の前で何が起こっているのか理解ができなかった。辛そうな顔をしているご遺族の顔を見ても、悲しいのか、苦しいのか、自分の感情が分からなくて、ただ呆然としたのを今でも覚えています。

――お父さんとお母さん、2人だけの参列だったと。

下駄 自死のときは、あまり参列者を呼ばないことが多いんです。本当に近しい親族だけでひっそりとあげる、という感じですね。そのときのお2人のご様子は……。「悲しい」よりも、疑問とか憤りとかの感情の方が強い印象を受けました。

 

――自ら火をつけて亡くなった方だったそうですね。

下駄 焼死って、度合いがあるんですよね。火に巻かれて亡くなったと言っても、実際には煙や酸素不足で亡くなることも非常に多い。その場合は、ところどころ火傷をしている程度で、病死や老衰のご遺体と変わりありません。

 でもこの方は、本当にほぼほぼ真っ黒というか。お肉がほとんど残っていなくて、骨に薄くて黒い皮が張ってあるような状態です。一方で、顔の一部は肌の質感がまだが残っていて。最初に見た瞬間は、正直人なのかどうなのかも、分からないような状態でした。

「火に巻かれて亡くなったのに、火葬でまた熱い思いをさせてしまうのか」と複雑な気持ちでした。