「いろんな銃を撃ちまくることができて、溜まっていたものを全部吐き出したような気分で、スカッとした」
逮捕後にそう語ったのは、1965年(昭和40年)、東京・渋谷の銃砲店に立てこもり、警察と市街戦を繰り広げた18歳の少年・片桐操だ。
動員された警察は延べ7千人、野次馬が3千人、負傷者は18人に上った。その犯行の根底にあったのは、銃に対する異常なまでの執着だった。
「まるで宝の山を手に入れたような気分」
幼少期から銃に強い関心を持っていた片桐は、ミリタリー雑誌を愛読し、アメリカの銃専門誌を辞書片手に翻訳して独学で専門知識を身につけた。陸上自衛隊への入隊を夢見るも不合格となり、南米ならば好きに銃を撃てると考えてタンカーの見習いコックとして働きながら、着々と計画を練っていた。
18歳の誕生日を迎えた1965年4月、姉名義のライフル銃を自分の名義に変更し、さらに新たなライフル銃を月賦で購入。その購入先こそが、後に立てこもりの舞台となる渋谷区のロイヤル銃砲火薬店だった。
犯行当日、片桐が同店に押し入り店内に立てこもった際、「まるで宝の山を手に入れたような気分だった」と後に供述している。10丁を超えるライフル銃と散弾銃、数百発の弾薬を手にした片桐は、人質の店員に弾薬の装填を命じ、あらゆる角度から狙撃できるよう銃を店内に配置。周到な戦術のもと、18時過ぎについに最初の銃弾を外へ放った。
ビールをあおりながら銃を乱射し、山手線を開通以来初めて全線ストップさせるほどの騒乱を引き起こした片桐は、催涙弾の投入によってようやく制圧され、19時25分に逮捕された。放たれた弾は110発にも及んだ。
「銃への魅力はいまなお尽きない。将来、社会へ出て再びこのように多くの人に迷惑をかけることのないよう、死刑にしてほしい」
死刑を望んだ少年に裁判所が下した判決とは何だったのか。そして、刑場に向かう前に残した最期の言葉とは――。
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