「安い日本」と技術等の過小評価――買収動機の核心
M&Aに経済安全保障の観点が重要になった最大の理由は、「日本には独自技術や高い技術を持つ企業が多いのに、株価がそれほど高くない」という一点に集約される。市場評価が相対的に低ければ、買収は合理的な投資判断になる。
とりわけ「企業価値が100億円を切っていて、安全保障に関わる高い技術を保有する」企業は、買い手から見れば「安くてうまい」標的になりやすい。外為法のコア業種(後述する指定業種のうち、特に重要なもの)で中堅企業に数多く外国資本からの触手が伸びている所以である。
安全保障の世界には「弱い輪」が狙われるという常識がある。サプライチェーンを構成する中堅・中小企業、そのニッチ技術、特許の束、製造ノウハウ、熟練労働、顧客データ。こうした価値は株価に反映されにくい一方で、一度奪われれば取り返しがつかない。私が「株価に反映されない価値をどう救うのか」と繰り返してきたのは、正にこのギャップを見据えているからである。
だが、ここで直ちに「買収は悪だ」「外資は敵だ」と短絡し、国家があらゆる案件に介入する仕組みの導入を主張する積りは毛頭ない。
なぜならば、かかる措置は、市場による価値創造の歪み、モラルハザード蔓延、資本配分の非効率化、外国投資家の信頼の低下等を招来し、健全な資本主義にとってかえって有害であるからだ。過剰な国家介入の副作用にも目配りをしつつ、市場の機能を最大限に活かしながら、守るべきものを守るといういわば矛盾を抱えた線引きこそが、M&A市場における経済安全保障の中核的課題となる。
*100億円未満企業は、時価総額が低く、株式流動性が低い。すなわち1%から数%の株式取得が経営に与える影響が大きい。したがって、外為法の外資による出資の「比率基準」が、100億円未満企業で鋭く効くという実態が実務上存在する。
※本記事の全文(10000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(北村滋「M&Aから『日本の技術』を守るためにはどうすべきか」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・ステークホルダーとしての「国家」――企業法に浸透する安全保障の観点からの規律
・「投資誘致」と「技術保全」――霞が関にある二つの潮流
・ファイナンスを通じた救済の設計――民間の経済安全保障ファンドの意義
