2001年に解散したバンド、“ジュディマリ”こと「JUDY AND MARY」。それから四半世紀となる2026年、ギターを担当していたTAKUYAさん(54)がタイへの移住を発表して話題を呼んだ。

 伝説となったバンドの一員として、そして解散以降もファンを魅了してきた華やかなギタースタイルとは裏腹に、10代は苛烈ないじめに加えて頭蓋骨を骨折するなど壮絶な経験をたどってきたTAKUYAさんに、半生を振り返ってもらった。

ギタリストで元ジュディマリメンバーのTAKUYAさん

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「竹刀をバラして…」苛烈な体罰が当たり前だった中学時代

――TAKUYAさんのご実家は、喫茶店を営まれているそうで。どんなご家庭で育ったのかから聞かせてください。

TAKUYAさん(以下、TAKUYA) 京都で自営業をしていて、中流の少し上くらいの家庭でしたね。実家の場所は四条河原町っていう繁華街のど真ん中。子どもが少なかったから、地元の公立小学校が廃校になることが決定していたので、両親の意向で私立の小学校に通っていました。

――中学校は長崎にある中学校に進学されています。全寮制で、しかも生まれ育った地域からは遠方ですが、どんなきっかけで?

TAKUYA 通っていた小学校はエスカレーター式でしたが中学以降が女子校になるので、男子だと小学校までしか通えないんです。私立の小学校から公立に行くのは親のプライドが許さないらしく、中学受験したんですけど、勉強には興味が薄く、京都近辺の学校は全て落ちて……。、滑り止めに受験してた長崎の全寮制の学校に首席で受かっちゃった(笑)。

――中学から、親元を離れていきなり寮生活というのも大変そうですね。

TAKUYA 地獄でしたね。長崎は佐世保の造船所など古くから海軍との結びつきが非常に強い地域なので、その関係からか当時の寮の先生が陸軍と海軍の出身の人でした。学校も怖い先生が多くて、今では考えられないくらいバチバチに殴られてました。

 竹刀で叩かれる体罰ってよくありますよね。僕のいた学校は、竹刀で叩かれるくらいならまだマシで、竹刀をバラして竹の部分だけで叩かれるんですよ(笑)。鞭打ちです。あれがめちゃくちゃ痛くて、しょっちゅうミミズばれができていましたね。何かやらかしたら長時間正座させられたり、毎朝、外に出て点呼をしたり、本当に映画の軍隊みたいな雰囲気でした。