その熱意は伝わり、親方自らが学校へ面会に訪れ、正式に内定が伝えられた。新弟子検査にも無事合格。晴れて角界への道が開かれた。
「“手紙を見てこの学校に来たよ”と親方に言っていただいて、どういう相撲が好きなの、好きな食べ物はとか雑談をした。元力士・旭豊関に会えるだけでオーラがすごいと思った」と、面会の日のことを興奮気味に語る。
相撲歴はまだ3年。発展途上な部分もあるが、それでも力士になる夢を叶えられたのは平野監督のおかげだ。恩師への感謝の思いを込め、監督の名前「照二」から漢字を一字取り、しこ名は「照豊(てるゆたか)」にした。
「発達障害でも頑張れると示したい」
中里さんは、5歳のときに発達障害と診断され、中学校までは特別支援学級で過ごした。
てんかんの持病もあり、障害や症状をからかわれ、いじめを受けたこともあった。立浪親方には障害や病気のことを打ち明けて入門。困難を乗り越えてきたからこそ、中里さんは大相撲での活躍を誓っている。
「ADHDいわゆる発達障害を持っているが、発達障害でも頑張れるんだよと勇気づけられるような力士を目指したい。親孝行をしながら周りに勇気づけられるような力士になりたい」と中里さんは語っている。
感謝を伝える「ちゃんこ鍋」
監督と共に、いつも一番近くで中里さんを支えてきたのが両親だ。
中里さんは両親に感謝の気持ちを伝えるため、高校に入ってから自宅でちゃんこ鍋を作るようになった。歯ごたえが残るよう野菜を大きめにカットするのが中里さん流で、「塩バター味」は自慢の特製レシピだ。
この日は相撲部の仲間に、自慢の塩バターちゃんこ鍋をふるまった。
中里さんは立浪部屋でも、強くなるだけでなく、「毎日の食事作りを取り仕切る“ちゃんこ長”にもなりたい」と話している。
卒業、そして夢の舞台へ
卒業式の日。中里さんは3年間の思いが詰まった稽古場へ足を運んだ。
平野監督から、「大相撲は結果がすべて。すぐ帰ってこないでしっかりと10年、20年力士として頑張ってください」と力強い言葉が贈られた。
「思い出の場所ですね。宝物。後悔はない」と話した中里さん。「まずは幕下を狙って関取になってファンの方にも自分が頑張っている姿を少しでも見せられたらと思う」と語り、卒業式の翌日に上京した。
3月8日に開幕した大相撲3月場所でデビュー。序ノ口19枚目の番付で、初白星をあげた。長く険しい力士の道の入り口に立ったばかりの中里さん。素直で真面目な性格と相撲への確かな情熱。幼いころに夢見た場所で、横綱という頂点を目指す。
(テレビ長崎)










