「狂」という文字は、そんな危険な存在にしか付かないものです。それが牛肉に括り付けられたんですから、そりゃあ多くの人が敬遠したくなります。ステーキを食べたら入場時のタイガー・ジェット・シンみたいに暴れまくってしまうのではないか、という誤解を生みそうな字面ですからね。

牛肉を食べた人間がおかしくなる病気ではない

 狂牛病と呼ばれる病気は、感染症によって牛の脳の中に空洞が出来てしまい、その結果として異常行動を起こすようになるために付けられた病名であり、牛肉を食べた人間がおかしくなってしまうという意味ではありません。

 当初はヒトには感染しないといわれていましたが、その可能性は否定できないとされるようになり、海外では死者が出たという報告もあるようです。日本人で狂牛病の影響と思われる患者さんは1名しか確認されておらず、その方も海外で感染したといわれています。日本国内で狂牛病だと認定された牛自体が30数頭だけですから、あそこまでの大騒ぎになることのほうが異常だったのです。

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 のちに「狂牛病」は「BSE」と言い換えられるようになりますが、最初から「BSE」として報道されていれば、あそこまで大きな騒動には発展しなかったでしょう。本当に風評被害というのは恐ろしいものです。

 レストランなどの業態であれば、牛肉が提供できなくなっても「豚肉はどうですか? 鶏肉はどうですか? ラム肉や馬刺しもありますよ」と逃げを打つこともできますが、われわれのようなステーキ屋は牛肉のみで勝負しているので、そういうわけにもいきません。

 当初は「国産牛が危ない」という報道がされていたので、逆をとって「ウチのステーキはすべて輸入牛です!」とアピールしました。国産牛のほうが高価でブランド力もあるわけで、普段だったら決して宣伝に使えるような言葉ではないのですが、もう奇策に出るしかありませんでした。

 私のひらめきですぐにフットワーク軽く対処できる。これが個人店のメリットです。さらに、この初期段階でなんとなく嫌な予感がしていたので、業者さんにお願いをして店の冷凍庫に入るだけの肉を大量に仕入れました。騒動が長引いて輸入がストップしたり、高騰したりしたらシャレにならないという判断です。

 とはいえ、ウチの冷凍庫に入りきる肉の量など高がしれています。そこで業者さんに「そちらに空いている冷凍庫があったら在庫を預かってくれないか」と頼みこみました。これで数カ月分のストックは確保できたと安心していましたが、狂牛病騒動は数カ月どころか、実に3年間も続くことになるのです。