『なぜかどこかに帰りたい』(姫乃たま 著)

『なぜかどこかに帰りたい』――誰もが一度は抱いたことがあるであろう不思議な感覚をタイトルに冠したエッセイ。著者は元地下アイドルの姫乃たまさん。テーマは“居場所”だという。

「よくあるテーマですが、それは居心地がいいと思える場所が人によって違うからですよね。じゃあ私の場合は? を書きました」

 想定した読者は、つらい気持ちを抱えて過ごした子どもの頃の自分。そして同じような思いで今を生きている若い世代。ゆえに、やさしく語りかけるような文体が特徴だ。

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 例えば、身の置きどころのなさを感じていた小学校での休み時間、校庭の朝礼台の上に置かれていた赤い円錐を触りに行っていたこと。地下アイドル卒業後に得た“居場所”である夫と散歩に出る際、あえて家の鍵を持たないという密かなマイルール。幼少期からの記憶や経験、30代となった姫乃さんの等身大の日常が綴られている。

 もちろん、地下アイドル時代のエピソードも豊富だ。16歳でデビューした日、客席のファンたちのほうがダンスのキレがよくて悔しかったこと。ファンとの付き合い方に悩みつまずきながらファンコミュニティを自ら運営し、今でもゆるゆると続くあたたかな関係を築けたこと。

「当時の私にとっては、地下アイドルでいること、そしてファンの皆さんたちが最大の居場所でしたから」

 では今は――。好きな酒場のカウンター、友人たちとのプロレス観戦、思いきって飛び込んだ詩吟教室、最近始めた読書会、持ち寄りカレー会などなど。

「元地下アイドルが書いたエッセイというと、どうしても露悪的なものを期待されがちなんですが、今回の目的は違います。確かにハードな経験もしたと思うけど、いま振り返ると“これは教えておいてほしかった、そしたら希望が持てた”という実感がけっこうある。それを書くことはきっと、この本を読む若い人たちにとっても希望になるんじゃないかなって……」

 また、“ひとりの時間”の大切さも繰り返し訴える。

「私自身、双極性障害を患っていて、無理な時は無理だってわかっているので。最終的には“自分が自分の居場所になる”ことも忘れないでほしいんです」

 うそも飾り気もなく率直に綴られるエッセイは、最終章でより深い内容に。結婚して不妊治療を始め、流産を経て妊娠に至るまでが書かれているのだ。

「若い人向けだと思えばこそ、不妊治療の経験はやっぱり書いておきたかった。命が生まれるのって、本当に大変で、すごいことなんだよって。今の性教育では、ちゃんと教えられていない気がします」

姫乃たまさん

〈死にたいと思いつづけて生きてき〉た姫乃さんが、今は、その後生まれてきた娘を自らの居場所として生きている。やわらかく微笑む姿に、安堵させられた。

「今回の執筆で、自分の書くもの、書き方がすごく変わりました。十代からライターとして仕事をしてきたので、以前は、書き手たるもの常に客観性を保つべし、みたいな意識が強かった。でも今は、病気についても不妊治療についても、書かなきゃやってられないほどつらいんだってことを訴えたい。知ってくれ! あるいは、私はここにいて、ちょっと変だよ! って(笑)。そんなふうに共感してほしい気持ちを隠さなくなりました。だから、書いてあるのは私の話だけど、読んだ人には“自分の話”を思い出してほしい。これからは、そのきっかけになるような文章を書いていけたらいいなと思っています」

ひめのたま/1993年東京都生まれ。10年間、フリーランスの地下アイドルとして活動。卒業後の現在はライブイベント出演を中心に文筆業を営む。著書に『職業としての地下アイドル』『永遠なるものたち』などがある。

なぜかどこかに帰りたい

姫乃 たま

太郎次郎社エディタス

2026年2月17日 発売