『断酒酒場』(中島晴矢 著)

 カバー写真に並ぶ居酒屋料理の品々。その横にはビール、ではなく炭酸水にトマトジュース――そう、本書『断酒酒場』は、その名の通りアルコール抜きの居酒屋探訪エッセイだ。

 著者の中島晴矢さんは、現代美術・文筆・ラップといった領域横断的な活動をしているアーティストだが、アルコール依存症と診断されて断酒をすることに。

「泥酔して妻に手を上げてしまったのですが、自分ではその記憶がない。反省して禁酒しても、また繰り返してしまい……それで精神科の断酒クリニックを受診すると、アルコール依存症と診断されました。アルコール依存症というと、昼から飲んだり、酒で体調を崩しているイメージだったので、そうでなくても診断が出るんだな、と思いました。一方で、トラブルの渦中にあってテンパっていたので、診断が出てどこか安心したのも覚えています」

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 飲酒欲求を抑える薬と、酒を飲むと吐き気や頭痛に襲われる抗酒剤を服用し、週1でデイケアに通うようになったが、精神的には打ちひしがれていたという。

「そんな時、この状態を逆に生かす連載をしてみないかと提案していただきました。酒場で飲むのが趣味だったので、それを断酒状態でやったらどうなるか、好奇心もありました。最初はとにかく、必死にふざけているような感じでしたね」

 町屋、錦糸町、十条、ときには水戸やソウルへも。街へ繰り出し、店を決め、ソフトドリンクを頼んで品書きを吟味、そして料理に舌鼓を打つ。自らを断酒者(ダンシャー)と称したユーモラスな文章からは、断酒はしても居酒屋での楽しみは諦めない姿勢が伝わってくる。

「酒でトラブルを起こしたのは自分のせい。酒場での楽しかった記憶や、今まで一緒に飲んできた仲間たちは否定したくなかったんです。ちょうどコロナ禍で酒場が悪者にされていた時期で、そういう世間の空気に違和感もありました」

 店選びについては、「断酒しても軸は変わらず、雰囲気のある個人店が好きですね。食事がメインになってくるので、店に対する目はより研ぎ澄まされました」。

 ただ本来、依存症治療中は再発のトリガーとなる刺激から距離を取るのが基本。再飲酒しないため、医者からも酒を飲める場所は避けるよう言われていたという。

「一人で居酒屋へ行く勇気はなかったので、必ずカメラマンと一緒でした。それに僕の場合、この連載が支えになっていたんです。酒を飲まないで居酒屋を回っているのが肝なので、そこを崩したくないという意地ですね。それでも最初の半年ほどは、『なんで自分は飲めないんだ』と被害者意識に襲われたり、酩酊状態になれないことに苛立ちを感じたこともありました」

中島晴矢さん

 そして、自らを落語「芝浜」のダメ亭主になぞらえてひとまずの断酒期間の目標として掲げた3年を超えた。書籍化するにあたり、断酒のきっかけとなった夫婦間の諍い、自身の酒の飲み方についてや、「『断酒』と『酒場』にまつわるブックガイド」も加筆。自分のことを逃げずに書く覚悟を決めたという。

「アーティストとして自分を曝け出すしかないという思いでしたが、結果として、当事者研究でもあり、回復の記録にもなりました。

 僕はずっと都市論をテーマにしているのですが、街や路上に自由な居場所がなくなってきていると感じていたんです。でも居酒屋には、金銭のやり取りが前提ですが、自由でくつろげる場所があって、伝統や歴史も残されている。酒抜きでも、そういう居場所としての価値は変わらないですね」

なかじまはるや/1989年神奈川県生まれ。美学校「現代アートの勝手口」講師。近代文学・サブカルチャー・都市論などを補助線に、現代美術・文筆・ラップといった領域横断的な活動を展開。著書に『オイル・オン・タウンスケープ』。

断酒酒場

中島晴矢

本の雑誌社

2026年2月18日 発売