『自宅で楽しむ 週末邦画劇場』(春日太一 著)

『自宅で楽しむ 週末邦画劇場』は、2012年6月から25年8月まで週刊文春で連載された「木曜邦画劇場」をまとめた一冊。「迷えるサブスク時代の日本映画案内」を謳い、13年で640近く紹介した中から、55作品を選りすぐった。

 ただその選別に、春日太一さんは関わっていない。

「僕が選ぶと個人的な思いが出てしまうので、作業はミシマ社の皆さんにお任せしました。届いたタイトルの一覧を見て“そうきたか!”と思いましたよ」

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 55本は12の“チャプター”に分けられている。〈春日流、邦画の楽しみ方〉〈男惚れした男たち〉〈戦う女性たち〉〈戦争を描く〉〈名作に名スタッフあり〉――そこから読者を、それぞれの映画沼へ誘うのだ。

「〈戦後邦画史を象徴する作品〉の章では、70年代を代表する作品として伊藤俊也監督・大和田伸也主演の『犬神の悪霊(たたり)』を挙げています。代表作はもっとあるよ(笑)と思う反面、作り手の狂気、怨念が満ちていたあの時代の東映東京撮影所の闇は確かに感じられる。〈マッドな奴らが大暴れ〉でチョイスされていたのは『喜劇 とんかつ一代』。川島雄三監督、森繁久彌、フランキー堺、三木のり平、淡島千景といった座組なのですが、各キャラが立った奇人変人ショー的作品なので間違ってはいないんです」

 各頁を読むと、「作品論」ではないことに気づく。

「世間的に評価が高くない作品でも、ある脇役の芝居やスタッフワークに注目すると楽しめる。連載では、“ここを見ると面白いですよ”、そういうことを伝えようと意識していました」

 映画は世界の見え方を変え、人生を豊かにする。それを体験から語っていることにも気づかされる。

 小学生の頃、映画雑誌で知った『隠し砦の三悪人』が池袋・文芸坐でかかることを知り父にねだって観に行った時に感じた、作品が放つ躍動感と、春日少年の心に灯った時代劇へのときめき。高校時代、饐(す)えた臭いの新宿昭和館で世間になじめなかった春日青年を奮い立たせた『仁義の墓場』。大学時代、浅草東宝オールナイトで戦争映画『血と砂』に心をかきむしられたこと。

春日太一さん

「ズドンと胸を撃ち抜かれる作品と出会う。それは映画の醍醐味のひとつですよね。今は劇場、TV、タブレットと観る場所も方法も多様になりました。当然、鑑賞環境で作品の印象も違ってくるでしょう。すると評論家による印象批評は意味を成すのか、僕は考えてしまうんです。名画座やレンタル店頼りだった時代から衛星放送でも観られるようになり、その間にVHSはDVD・ブルーレイに移行した。コロナ前後には旧作のソフト化が怒濤のように進み、配信も当たり前になりました。僕は、映画はどのように観てもいいと思っているんです。ただ、『ぴあ』片手に名画座をハシゴしたり、レンタル店を巡回していた学生時代のある日、日本映画の棚に石橋蓮司主演の『出張』というサラリーマン映画がポップ付きで面陳されてたら借りずにはいられませんでした。そこに店員さんというキュレイターとの無言の交信があった。そういう、行動の中に映画を想う時間があって楽しかったんですよね」

 つまり本書は「映画史・時代劇研究家」である著者の個人史でもあるのだ。

「映画は作った人たちこそが偉い。映画の本質を語るものは現場の中にあると思います。だからその言葉を発掘して読者に伝える。作品に貴賤なし、僕はそう思うから何かの価値観に囚われず、芸術論でもない、映画の楽しさを伝えているんです」

かすがたいち/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。映画界を彩った俳優とスタッフたちのインタビューをライフワークにしている。最新刊は『なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱』(小学館)。

自宅で楽しむ 週末邦画劇場

春日太一

ミシマ社

2026年1月21日 発売