かつて日銀の為替課などで為替市場介入や米国金融市場の調査分析を担当した佐々木融氏は、現在の日本の経済状況をどのようにみているのだろうか。「超インフレ時代を生き抜くための新・投資入門」(文春MOOK)より、一部抜粋し、私たちがとるべきインフレ対策をご紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
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消費減税はインフレ対策には逆効果である
今年2月の総選挙で高市早苗総裁率いる自民党が圧倒的な勝利を収め、マーケットは高市フィーバーとも言える活況を呈しました。確かに株価が上がるのは景気が良いように見えますが、これには裏があります。近年の日本の株高は、本質的にはインフレと円安によって、企業の収益が名目上で膨らんでいることに起因しているのです。高市政権が掲げる積極財政や拡張的な経済政策は、このインフレと円安の流れをさらに加速させます。ですから、株価が反応するのはある意味で市場の素直な反応と言えるでしょう。
選挙戦では、野党も含め消費税減税を掲げる党が多く見られました。しかし、経済学的な視点から言えば、インフレ対策としての減税は、実は火に油を注ぐ行為になりかねません。
インフレを抑えたいのであれば、本来は需要を抑えるか供給を増やす必要があります。しかし供給側の問題を解決する前に減税を行えば、国民の購買力が上がり、さらに需要が刺激されてインフレ率は押し上げられてしまう。つまり、一時的な家計の助けにはなっても、長期的にはインフレをさらに悪化させ、自分たちの首を絞めることになりかねないのです。これはトルコやアルゼンチンといった国々が陥った罠と同じです。
インフレの真因は人口減少ではない
いまの日本を悩ませているインフレの背景には、深刻な人手不足があります。しかし、多くの人が誤解していることがあります。この人手不足の原因は、実は人口減少そのものではないのです。
データを見れば一目瞭然ですが、日本の就業者数は過去最高を記録しています。それなのに、なぜ人手不足なのか。それは労働時間の減少が原因です。日本人全体の総労働時間が減っている。さらに、就業者の中身を見ると、55歳以上の割合が3割程度まで急増し、20代の割合はわずか16%程度にまで落ち込んでいます。
企業は若い労働力を確保するために賃金を上げざるを得ず、そのコストを価格に転嫁することでインフレが続くという構造になっています。賃上げ競争についていけない企業は淘汰され、生き残った企業が価格を上げやすくなるという流れも、インフレの高止まりを支えています。もっと働こうという解決策は選挙では不評でしょうが、労働時間の減少という根本的な問題に向き合わない限り、このインフレの圧力は解消されません。
実質金利のマイナスが招く構造的円安
次に、円安の問題についてお話ししましょう。なぜこれほどまでに円が売られ続けるのか。最大の理由は実質金利※1が大幅なマイナスであることです。
2022年以降、日本のインフレ率は金利を大きく上回るようになりました。お金を銀行に預けていても、物価の上昇スピードの方が速い。つまり、通貨を持っているだけで価値が目減りしていく状態です。こんな通貨、誰も持ちたくありませんよね。
インフレ調整後の購買力平価※2で見ても、今の円安は歴史的な異常事態です。日本と米国で物価や賃金水準が同じになる購買力平価は現在90円前後です。1970年以降ドル円相場の上限となってきた消費者物価指数で計算した購買力平価は今109円前後です。つまり、今109円まで円高・ドル安が進んでも、歴史的には円安水準なのです。それがいまや150円、160円というレベルにまで乖離してしまって、修正されなくなってしまいました。実質金利のマイナスを解消しない限り、この円安の流れを止めるのは至難の業です。



