1963年(昭和38年)3月31日、東京・台東区の入谷南公園で遊んでいた4歳の吉展ちゃんが忽然と姿を消した。

写真はイメージ ©getty

 日本中を揺るがした誘拐事件の陰には、一人の足の不自由な男の、屈折した半生があった。

アリバイ崩壊まで2年——犯人が語らなかった「殺害の動機」

 犯人・小原保が吉展ちゃんに声をかけたのは、「身なりが良く、金持ちの家の子供に違いない」と踏んだからだった。

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 ところが、公園で言葉を交わした瞬間、吉展ちゃんは無邪気にこう言い放った。「おじちゃん、足が悪いの?」

 小原は幼少期に骨髄炎を患い、右足に障害を抱えていた。学校では同級生にからかわれ、職場でも足を理由に退職を余儀なくされた。その言葉がどれほど彼の心に刺さったか——。

「このままでは自分が特定される」と判断した小原は、誘拐直後に吉展ちゃんを円通寺へ連れ込み、首を絞めて殺害した。

 事件後、小原は被害者の家族に脅迫電話をかけ続け、身代金50万円を奪取。警察はその声から「40〜60歳」の人物像を描いたが、当時30歳の小原とは大きく食い違っていた。加えて、故郷・福島に帰省中だったというアリバイが複数の目撃証言で裏付けられたことも、捜査を迷宮へと引き込んだ。

ベテラン刑事の執念

 事態を動かしたのは、ベテラン刑事・平塚八兵衛の執念だった。小原の恋人や弟への聞き込みから、事件後に小原が合計50万円——身代金と完全に一致する額——を手にしていたことを突き止める。アリバイを支えていた目撃証言も日付のズレが判明し、証言は次々と崩壊した。

 取り調べ最終日、小原は雑談の中で「東京に戻ったとき山手線から火事を見た」と漏らした。平塚はすぐに気づく。その火事の発生日は小原の供述と合わない——。追い詰められた小原はついに口を割った。

「吉展ちゃんのお母さんから盗った金です」

 翌日、遺体は供述どおり円通寺の墓地から発見された。遺体には、2年の歳月で“ある異変”が起きていた。

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 2年放置された遺体に起きた異変、犯人のその後とは⋯事件の詳細は以下のリンクからお読みいただけます。

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