「身代金を奪われた」――その一手が、すべてを狂わせた。日本犯罪史に刻まれる「吉展ちゃん誘拐殺人事件」。報道協定の締結、犯人の肉声公開、そして2年3ヶ月に及ぶ執念の捜査。

 戦後社会を震撼させた凶行の全貌とは? 昭和38年に起きた「身代金誘拐事件」の発端を、鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』よりお届けする。(全2回の1回目/続きを読む

写真はイメージ ©getty

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消えた吉展ちゃん

 1963年(昭和38年)3月31日18時ごろ、東京都台東区入谷378番地(現・同区松が谷3丁目)区立入谷南公園で遊んでいた、建築業経営の村越繁雄さんの長男、吉展ちゃん(当時4歳)が忽然と姿を消した。

 当初、繁雄さんは息子が迷子にでもなったのかと思い最寄りの下谷北署に届け出て周辺一帯の捜索が始まったが、翌4月1日、同じ公園で遊んでいた近所の菊雄くん(同8歳)が重大な証言をしたことで、事態は一気に深刻な様相を呈する。

 菊雄くんによれば、辺りが暗くなり、そろそろ帰ろうと公衆便所前の水飲み場に来たとき、60センチもあるアメリカ製の水鉄砲を水飲み場にかざし水を入れようとしていた吉展ちゃんを見つけた。吉展ちゃんは大きな鉄砲を持て余してるようで、なかなか水が入らない。

 そこで「こっちの方がいいよ」と公衆便所の手洗い場を教え、代わりに水を入れてやろうとしたものの、やはり上手くいかない。あきらめた菊雄くんが水鉄砲を返し家に向かおうとしたところ、背後から若い男の声が聞こえた。

「坊や、何をしてるんだい? ほう、すごい水鉄砲だな」

 身長160センチ程度、グレーのレインコートを着た20代から30代の痩せた男だった。