菊雄くんは特に気に留めることもなく、そのまま帰宅したそうだ。
供述を受け、警察は吉展ちゃんが誘拐された可能性が高いと睨む一方、新聞、テレビ、ラジオは「吉展ちゃんはまだ帰ってこない」「全国から励ましの手紙が」などと連日にわたり報道を続けた。
「50万円を持って来い」
村越家に低い声の男から電話がかかってくるのは、失踪から2日後の4月2日17時48分のことだ。
「新橋駅前の競馬場に50万円(現在の貨幣価値で約620万円)持って来い」
男は日時を告げなかったが、すぐに50万を用意できなかった父親の繁雄さんは札に見せかけた新聞紙の束を風呂敷に入れ、電話が切れてから10数分後には新橋駅西口の場外馬券場に足を運ぶ。その背後には7人の刑事が追尾していた。が、いくら待てども男は現れず、電話の主が犯人かどうかもわからなかった。
ちなみに、金の要求があった時点で警察は身代金目的の営利誘拐と断定、吉展ちゃんの安全を優先し、マスコミに対して報道の自粛を要請、日本で初の「報道協定」が結ばれる。新聞の過熱報道により犯人が追い詰められ被害者を殺害した3年前の雅樹ちゃん誘拐殺人事件の悲劇を繰り返さないためだ。
翌3日17時過ぎ、同じ声の男から電話が入り、「3日以内に子供を返すから金を用意しておけ」と命令。
さらに4日の22時過ぎ、3回目の電話をかけてくる。このとき、受話器を取ったのは吉展ちゃんの母親、豊子さんである。事件が報道されて以降、村越家にはいたずらを含め複数の電話がかかってきていたこともあり、警察の指示で豊子さんは電話の男が本当に犯人かどうか注意しながら会話を始めた。
母親「子供は無事ですか?」