「長嶋は特別」1年目からマイカー通勤を許可される
開幕後しばらくイースタンの二軍戦で打席に立ったあと、一軍の試合に駆けつける背番号3。待望のプロ初安打も巨人戦のガリクソンが相手だった。4月27日、6回裏一死、代打で登場した一茂は、カウント2-2からの5球目、神宮球場のバックスクリーンにホームランを叩き込んでみせるのだ。
プロ初安打初本塁打の一発に神宮は、まるでヤクルトの優勝が決まったかのような大歓声に包まれる。『週刊ベースボール』1988年5月16日号の巻頭グラビアで、「昭和63年4月27日。そして歴史は始まった…」と特集が組まれ、プロ8打席目の初安打は父・茂雄の10打席目、初アーチにいたっては22打席目を大きく上回ると報じている。
なお数年後、メジャー復帰したガリクソンは、巨人時代の同僚ウォーレン・クロマティから受けたインタビューで、長嶋茂雄が巨人監督に就任したと聞かされ、「知ってるよ、ナガシマなら。彼にプロ入り第1号ホームランを打たれた投手がビル・ガリクソンだよ。このオレだよ、神宮で、ね」と冗談めかして口にしている。
次カードの30日の阪神戦、一茂目当てで試合開始3時間前には神宮球場周辺に1.5キロもの当日券を求める列ができたが、その期待に応えるように「七番・三塁」でプロ初のスタメン出場。左太ももにプロ初の死球を受け、三塁守備のボール回しの送球をポロリと落として場内をわかせた。
そのあまりの人気ぶりに球団も動く。新人はマイカー禁止だったが、一茂が電車に乗ったら騒ぎになるからと新車のソアラの購入を容認。さらに特例で5月の連休中には田園調布からの自宅通勤が許可された。
新人は少なくとも1年間は戸田寮から球場へ通うことがルールだったが、相馬和夫球団社長は「長嶋クンは例外。家に帰れば日本一の打撃コーチがいるんだから」と父・茂雄の指導に期待した。自宅の地下室では、ふたりきりで何百球というティーバッティング特訓が行われたという。