ナゾの井戸っぽい穴ボコ
横山城は南北にふたつのピークに主郭があり、各々の一帯が「南城」「北城」と名付けられている。山城としては中規模で、浅井家の小谷城や信長の岐阜城などと比べるとそれほどでもない。
縄張図を見る限り隣接しているので、ひとつの城とみなしてよさそうだ。いわゆる「一城別郭」というやつだ。
切岸上は南城の主郭。長辺20m、短辺10mほどの方形。東西には土塁も見られるが低いな、と思いつつ北に付属する曲輪へと進むと、よりしっかりした土塁がどっしり構えていた。
樹木に覆われ眺望はないが、伐採すればほぼ、先ほどの展望台と同じ景色が見えるものと思われる。
土塁があるのは東と北面。では西は……と覗いてみると急角度の切岸。その北端が虎口になっていた。やや浅い気もするが、「くの字」の折れは急勾配になっていて、なかなか攻めづらそうだ。
南城の主郭北の曲輪には、謎めいた穴ボコもあった。「井戸発見!」とテンションを上げたいところだが、どうも怪しい気もする。山城では答えの出ない「遺構っぽいなにか」に出会うことも多々。真相は不明だが、想像するのは自由だし楽しい。
浅井家の居城・小谷城を睨む北城へ
虎口から尾根づたいに北へ。平坦な曲輪や堀切が連続し、一城別郭とはいっても一体感がある。
しばらく鞍部を進むと一転、急勾配。ただし道は整備されており、ところどころ階段も設けられ歩きやすい。
南城から10分もかからずに、北城のピーク、主郭にたどり着いた。
北城の主郭は、直径十数mほどのほぼ円形。標高311.8m。こちらのほうが南城より10mほど高そうだ。かなたに小谷城も視野に入る。まさに浅井攻めの陣城にふさわしい。
姉川の戦いの後、小谷城が落ちるまで3年間。秀吉は度々、ここから睨みを利かせていたかと思うと胸が熱くなる。
北城からさらに尾根伝いに下った先に、姉川の戦いで信長が陣を構えた「龍ヶ鼻砦」がある。地形図の「147.6m」の山頂マークのところだ。
横山城のある尾根の最北端、というかほぼ麓だ。直線距離で約500m、比高差約90m。「これを往復するのか……」と一瞬悩んだが、途中にいくつか砦跡もあるようだし、意を決して前進を決意する。
道はしっかりしているが、両脇のヤブがひどい。背丈以上はある。しばらく進んでみたが、一向に改善の兆しなし。
これでは途中の砦跡も期待できそうにない。元々、龍ヶ鼻砦にも大した遺構もないようだし、そもそも麓から登った方が近い。前言撤回。いずれ別の日に訪問することにし、途中で引き返すことにした。








