念願のアナウンサーになれたけど…

小林アナ 大学3年生の夏から全国のテレビ局を受けたのですが、内定ゼロのまま卒業を迎えたんです。それでも、アルバイトをしながら就活を続けました。一度やると決めたからには、結果が出るまで諦めたくなかったんです。「絶対にアナウンサーになれる」という根拠のない自信がありました。そして半年後、たまたま中途募集のあった「新潟テレビ21」に採用していただくことができました。

アナウンサー時代の小林アナ(写真:本人提供)

――念願のアナウンサーになって、いかがでしたか?

小林アナ それが、予想外の厳しいスタートになりました。2004年10月に入社したのですが、同じ月の23日に「新潟県中越地震」が発生したんです。入社1ヶ月も経たないうちに、被災地で取材をしなければなりませんでした。

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 地名の読み方すら、まだすべて覚えられていなかったのですが、非常事態なので周りの方も新人指導どころではありません。私自身、何を聞いたらいいかも分からない中で、汗まみれで駆け回る日々が続きました。

――「新潟テレビ21」では、なぜ採用されたのですか?