天才ゴットシャルク

 ハーンは黒人のピアノ演奏について、おもしろいことをクレービエルへの手紙で書いています。

 黒人が楽譜なしでピアノを弾くのを聞いたことがありますか? ここには珍しがられているクレオールの黒人が何人かいて、僕らはときどき彼らにワインを一本おごって、来てもらって演奏してもらいます。彼らはピアノをバンジョーのように使うんです。バンジョーの演奏としてはいいんですけど、ピアノの演奏とは言えませんね。(1881年)

 まさに「ピアノをバンジョーのように使う」曲を、ニューオリンズ生まれの作曲家でピアニスト、ルイ・モロー・ゴットシャルク(1829~1869)が書いています。タイトルもそのものずばり、「ザ・バンジョー」(1853年)です。

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 ゴットシャルクは若くして天才ピアニストと呼ばれ、フランスに留学してサン・サーンス、ベルリオーズ、リストなどと知り合い、ピアノと作曲を学びました。カリブ海の島々や中南米でも暮らし、亡くなったのはブラジルのリオ・デ・ジャネイロでした。

 ニューオリンズやカリブ海、ブラジルなどの民俗音楽を巧みに採り入れ、20世紀のポピュラー・ミュージックを150年以上前に先取りしたかのようなゴットシャルクは、ほぼ同時代にヨーロッパ各国に輩出した、「国民楽派」と呼ばれる作曲家たちと同じスタンスだったと言えるでしょう。ゴットシャルクの作品は近年とみに高く評価されるようになり、アメリカン・ポップ・ミュージック界の巨匠にして奇才であるヴァン・ダイク・パークスがゴットシャルクを深く敬愛していることは広く知られています。「ザ・バンジョー」以外の代表的な曲には、ニューオリンズやカリブ海のクレオールたちのダンスからヒントを得たピアノ曲「バンブーラ」、現在でもラテン音楽の基本的なリズム・パターンである「クラーベ」のリズムを使用した管弦楽曲「熱帯の夜」などがあります。

天才とうたわれたクレオール音楽家、ゴットシャルク

 ラフカディオ・ハーンも、ゴットシャルクの音楽を高く評価し、そのことを何度もクレービエルへの手紙に書いています。間違いなく、ハーンはゴットシャルクの「ザ・バンジョー」を念頭に置いて、クレービエルへの手紙に「バンジョーのようなピアノ」の話を書いたのでしょう。残念ながら二人が相まみえることはありませんでしたが、もし会っていたら意気投合したのではないでしょうか。ひとところに落ち着くことなく、ディアスポラとして生涯を送った、という点でも二人は似ています。

 ハーンがニューオリンズで暮らしていた1877年からの約10年間は、まさにジャズが生まれようとする時期です。

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村井 康司

文藝春秋

2026年3月19日 発売

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