2日後、兄弟子の本田奎六段と伊藤たちの研究会が行われ、終わったあとに仲間内でお祝い会が開かれる。そこに斎藤も呼ばれた。
主役は相変わらず無口だったが、みんなから祝福されると笑顔を見せた。対局の内容に触れる者はなく、穏やかな会話が続いた。斎藤は一つだけ伊藤に質問した。
「終盤に7八金と打った手は、自玉が詰まないと見切っていたの?」
伊藤の声は小さく、何と答えたかはっきりとは覚えていないが、読みきれていたわけではないといったニュアンスだった。
まだ見ぬ絶景へ
「伊藤さんのメンタルが不調の日は、将棋を指せばわかるんです。でも指さないと雰囲気だけではわからない。表情や態度に出ないのが彼の強みなのかなって感じる。将棋もどれくらい強いのか正直わからないところがあって、そこがミステリアスというか。叡王戦で十分すぎるほど刺激をもらいました。今は早く試したい手がたくさんあって、将棋がとても楽しい。自分の調子が悪いときはこういう感情が湧かないんですよ。伊藤さんが新人王戦で優勝した翌年に自分が好調だったのも、彼の活躍に影響された部分がある」
斎藤は伊藤との研究会において、「教わる」という表現をした。これは以前の取材では聞かれなかった。
「彼がタイトルを持ったこととは関係なく、自分の中にそういう気持ちがあって自然に出た言葉だと思います。今は教わるという感覚が強いです。それは誰に対してでもあるわけじゃない」
伊藤にタイトルを獲ってから見える景色が変わったかと聞いたとき、「何も変わらない日常を送っている」という返事だった。それを斎藤に話すと、子ども時代を思い出すように笑った。
「彼はそういうタイプです。気持ちが揺れないのは強みですよね。そこは自分と真逆な感じがする」
そして、同門の中で自分だけがまだタイトル挑戦の経験がないと嚙み締めた。
「やっぱり指した将棋を多くの人に見てほしい。A級やタイトル戦は、まさにその舞台です。そこですばらしい構想を披露することが、棋士としての自分を証明するステップになる。その場所にいかなければ意味がない」
タイトル戦の舞台で見える景色はどんなものだと思うか?
「まさに絶景じゃないですか。形勢が悪くなっても、最高峰で苦しんでいるのがいい。そこで死ぬなら本望です」
写真=野澤亘伸
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。




