ところが垣根さんは、次の『信長の原理』でさらに大胆な挑戦をする。膨大な史料と先行作品がある戦国の英雄を題材にしたこの作品の巻頭には、「私たちがいま住む世界についての理解はもともと不完全であり、完全な社会などは達成不可能なのだ」という、ジョージ・ソロスの言葉が掲げられている。
ヘッジファンドマネージャーとして名を成したソロスは、ハンガリーのユダヤ人として生まれ、子ども時代にナチスの占領下を生き延び、戦後はイギリスの大学で哲学を学んだ。師であるカール・ポパーのような学者を目指したが、それを断念して投機家の道を選んだという。
ソロスはその著書で、市場の再帰性について繰り返し語っている。再帰性はシステムのフィードバックループのことで、自分が相手に影響を与えると、それによって変化した相手の反応によって、今度は自分の行動が変わる。
この相互参照によって生じる図形を、数学者のブノワ・マンデルブロが「フラクタル」と名づけ、それが複雑系の科学へと発展した。マンデルブロは、「世界の基本原理は因果律や確率(統計学)ではなく、システム内の要素が相互に影響し合う複雑系のスモールワールドだ」と考えた。その典型がインターネットであり、市場や社会だ。
ソロスは市場についての自分の直観を数学的に説明できたわけではないが、それでもそこに「普遍の原理」としての再帰性があることに気づいていた。この原理には何者も逆らうことができず、生き延びるには適応するしかない。すなわち「世界の理(ことわり)」なのだ。
自然法則に支配された世界
市場原理の正しさは、一九九二年九月の「ブラック・ウェンズデー」で証明された。
当時、イギリスのポンドは、ドイツマルクに対して一定の範囲で固定するよう義務づけられていた。ところがポンド相場は実体経済と乖離しており、イングランド銀行(イギリスの中央銀行)は金利の引き上げによってポンドの為替レートを維持しようと腐心していた。ソロスはこれが「市場の理」に反しており、維持不可能だと判断して一〇〇億ポンドものポンド売りの投機を行なった。
イングランド銀行はヘッジファンドの攻撃から通貨を防衛するために外貨準備を使った大規模なポンド買いを行なったが、それでも圧力に耐えきれずに為替相場メカニズムから離脱、ポンドは急落した。ソロスは歴史に残るこの投機によって、わずか数日で一〇〇〇億円を超える巨額の利益を手にしたとされる。
ソロスにとっての理は市場の法則だったが、『信長の原理』で垣根さんが選んだのは、成果の八割は全体の二割の要素から生み出されるという「2対8の法則(パレートの法則)」だ。これを「2対6対2の法則」に拡張し、信長と光秀の確執を鮮やかに読み解いていく。
この本でようやく、垣根さんの歴史小説の秘密の一端が理解できた。その根底にあるのは、「この世界は理(自然法則)によって支配されている」というリアリズムであり、ある種のニヒリズムだろう。
信長は子どもの頃に蟻を観察してこの理に気づき、それを利用して家臣を支配し、天下を布武しようとする。だが最後には、この理が光秀の裏切りを引き起こし、本能寺で最期を遂げたのだ。
