垣根さんはその後、備前の戦国大名・宇喜多直家を主人公にした『涅槃』(巻頭言は『オリエンタリズム』で知られるパレスチナ系アメリカ人の文化研究者エドワード・サイードの言葉)を経て、「極楽殿」と揶揄された足利尊氏の生涯を描く。『極楽征夷大将軍』で選ばれたのは李小龍すなわちブルース・リーの“Don’t think, feel. Be water(考えるな、感じよ。水になれ)”だ。―この“Be water”は二〇一九年から二〇年にかけての香港民主化運動(時代革命)のスローガンになった。

 信長が子ども時代に蟻を観察していたとすれば、尊氏(幼名又太郎)は鎌倉の由比ガ浜で、流木のかけらを海に投げ、それが右に動くか左に動くかを観察した。

尊氏が悟ったこの世の原理とは?

 鎌倉・室町時代の武士たちの行動には、わたしたち現代人の常識では理解しがたいところがある。とりわけ尊氏は不思議なキャラクターで、後醍醐天皇の倒幕に呼応して北条氏に反旗を翻し、建武の新政の立役者になったものの、政は弟の直義と、足利家の執事である高師直らに丸投げしてしまう。報奨をめぐって配下の武士と天皇が対立したときは、後醍醐天皇の赦免を求めて寺に籠り断髪までしている。

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 まさに優柔不断そのものだが、直義が危機に陥ると、一転して兵を率いて死地に身を投じ、九州まで落ち延びてから態勢を挽回、京都を奪還して武家の頂点に立つ。だが権力を極めたまさにこのときに、「この世は夢のごとくに候」と述べて、ふたたび政を放棄してしまうのだ。

足利尊氏像 ©アフロ

 この当時、武士たちは自らの所領を命がけで守り、相手の所領を力ずくで奪い取らなければ生き残っていけない過酷なゲームを強いられていた。庶子に生まれ、権謀術数のなかに放り込まれた尊氏には、これが憎しみ以外なにも生まないゼロサムゲームだとわかっていたのだろう。だからこそ、なんとかして俗世から逃れたいと願った。

 源氏に連なる足利家の頭領として、鎌倉の北条氏を滅ぼし、次いで後醍醐天皇の南朝と戦い室町幕府を打ち立てた尊氏は、明治政府によって「朝敵」のレッテルを貼られたが、じつは水のように融通無碍に生きただけだった。

 皮肉なのは、それにもかかわらず、もっとも信頼していた側近の高師直が内紛を起こし、次いで最愛の弟・直義と血で血を洗う戦いを繰り広げた挙句、相次いで死なせてしまったことだ。

『信長の原理』では、信長はこの世界を支配している原理を知ったうえで、全力で運命に抵抗しようとする。その無益な必死さが、ギリシア悲劇のようなドラマを生んだ。

 それに対して、波間に揺れる木のかけらのような尊氏の生涯は、「ほんとうの自分」を探して揺れ動く現代人によく似ている。天皇や武士たちの欲望と怨念に翻弄され、あるときは投げやりになり、あるときは命懸けで戦った尊氏は、それでも最後まで「自分さがし」をやめなかった。

 信長と尊氏は対極にあるようだが、どちらも「理」に逆らうことができないとわかったうえで、それでも真剣に「自分らしさ」を追い求めた。その絶望から生まれる一瞬の輝きが、ハードボイルドなのだ。

 そこまで考えて、垣根さんがハードボイルド小説から歴史小説へと見事に移行できた理由がわかったが、どのようにすればこのような完成度の高い歴史小説が書けるのか、その謎はまだ解けない。

極楽征夷大将軍 上 (文春文庫)

垣根 涼介

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最初から記事を読む 「三回目の候補で受賞できてよかった」「僕も三回目の候補で受賞。三回目ぐらいまでが楽しめるかもね。そこから先はだんだん楽しめなくなってくる」