意外にも庶民派だったゆしんさんが「嬉しかったこと」

――では、ご自身で「売れたな」と思った瞬間はありましたか?

ゆしん 大きい美容の広告が決まった時は「自分売れたんちゃう?」って思いました(笑)。脱毛器の広告でしたね。

――そうなると、ギャラも相当な金額だったのでは…?

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ゆしん 数百万円ほどだったと思います。収入をあまり気にしたことはなくて、気づいたら口座に入っている、という感覚でした。

 食事に行けば誰かが出してくださることも多く、番組に出演するとお弁当も用意されていて、自分のお金を使う機会はあまりありませんでした。いわゆる「芸能人みたい」と感じるような生活ではありましたね。

 もともと物欲があまりなくて、ハイブランドを買うこともなかったですし。関西人なので「いかに安くていいものを買うか」って感じで、1000円でいい服を買えた時は嬉しかったですね。

「あなたと娘の歳近いのよ」って、お米を差し入れてくださる方も

――意外にも、庶民派だったんですね! では、“可愛すぎるオネエ”というキャッチコピーについてはどう受け止めていましたか。

“可愛すぎるオネエ”としてブレイクした頃のゆしんさん 本人提供

ゆしん 正直、「もっといいのなかったの?」と思っていました(笑)。「可愛すぎる以上ないんですか?」って。だって、可愛いのは当たり前やん、みたいな。

 当時はいろんなキャラクターの方がいらっしゃって、それぞれに違う立ち位置があったと思うんですけど、その中で、自分としては“可愛すぎる”よりも“美しすぎる”の方がしっくりくるなと思っていました。冗談ですけど(笑)。

――確かに、今のゆしんさんの姿を見ると「美しすぎる」というのも納得です。では、当時のファン層はどのような方が多かったのですか?

ゆしん DMで「会いたいです」みたいな冷やかしはあったんですけど、意外にもガチ恋の男性ファンはいないんですよね(笑)。

©釜谷洋史/文藝春秋

 子どものように思ってくださるお母さん世代のファンの方が多くて、「あなたと娘の歳が近いのよ、ちゃんとご飯食べてる?」と、何キロものお米やレトルトカレー、カップラーメンを差し入れてくださる方もいました。中には、おさがりのお洋服を持ってきてくださる方もいたり(笑)。当時は、その優しさがとてもありがたかったです。

次の記事に続く 中学時代は不良の番長→鑑別所に入っている間に恋人が妊娠して女性不信→東京に出て“オネエタレント”に…『This is I』にも出演のゆしんが語る“壮絶すぎる半生”

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