――でも、そういうことが言える人間関係が築けていた、良い職場環境だったとも言えますね。
中村 なんでも言い合える仲ではありましたね。私自身、10歳上の先輩と今も飲み仲間ですし。フジテレビは年次を問わず、みんな仲が良いんです。7~8歳下の後輩、山崎(夕貴)とも何でも言い合えますよ。
働き方改革が動き出す過渡期…異動を機に退職を決意
――その後、2人目の出産から2年。異動を機に退職を決意されたんですよね。当時は働き方改革が動き出す過渡期でもありました。
中村 ちょうどその頃、子どもの進学も重なる大事な時期だったんですが、アナウンス室では調整をしながらどうにかやれていました。新たな配属先は、チームで仕事をしなければいけなかったんです。
育児や家庭の事情などを伝えたら、「休みたい日、早く帰りたい日、予定を出してくれればそれに合わせてチームを組むよ」と言ってくれたんですが、私一人の都合でいろいろな人に迷惑をかけられないなと。フジテレビには骨を埋めるつもりでいたんですけど、これまで結構頑張ってもきたし、一度環境を変えてみるか、と。異動先が今までよりも忙しくなると、育児にかける時間がなくなるかもと思ったのも理由の一つでした。
――退職後も、アナウンサーを続けようという意志は強かったのでしょうか。
中村 せっかく続けてきたので、今までみたいにはいかなくても、経験を活かして働きたいなという思いはありました。ただ、今の事務所にお世話になるとき、マネージャーさんから得意なこと、趣味や好きなものを聞かれたんですが、これと言えるものが何もなかったんです。
アナウンサーの延長線上にフリーランスの道があると思いこんでいたんですけど、「何の強みもないまま会社を辞めてしまった!」と急に不安に。それで、「いただいた仕事は全部、頑張ってやります!」と伝え、今に至っています。
