ただ、本人は後年のインタビューで、デビュー当時のイメージについて《所属事務所のマーケティング戦略が成功した、ということでしょうね》とさらりと言い切り、《実際の自分がわかってしまっては、作品を見る上で逆に邪魔になってしまう。お嬢様女優といわれるのをいやがる人もいるかもしれないけど、私はある意味で楽しんでました》と明かしている(『日経マガジン』2007年4月号)。

「物語のなかに入りたい」引っ込み思案だった少女時代

 さかのぼれば、木村は3歳でロンドンから日本に戻ると小児喘息にかかってしまったため、家にいることが多く、朗読のレコードを聴いたり本を読んだりするうち、自分も物語のなかに入りたいと空想を膨らませるようになったという。そういうこともあって子供時代は引っ込み思案な性格で、人前に立つのは苦手だった。

2005年映画『蝉しぐれ』座談会での木村佳乃 ©文藝春秋

 一方で、祖母に宝塚歌劇に連れて行ってもらい、舞台の華やかさに魅せられていた。中学時代にニューヨークに住んでいたころには、ミュージカルにしばしば通うとともに、映画をたくさん観た。なかでも日本映画を、自分は日本人だという意識が強くなっていたので積極的に鑑賞するようになったという。大学進学に際して将来を考えたときには、職業として目指したいものは思い浮かばなかったが、ふと、「物語のなかに入りたい」という気持ちが蘇る。その思いが渡邊社長との出会いへとつながった。

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イメージを脱却した転機

 こうして木村はデビューしてからというもの俳優として着実にステップを踏んでいく。本人は転機となった作品として、『船を降りたら彼女の島』(2003年)、『自由戀愛』(2005年)といった映画を挙げている。26歳のときに撮影した前者では、瀬戸内海の島で初めて長期間の地方ロケを経験した。さらに28歳で出演した後者ではラスト近くの回想シーンのセリフを自分で書くという経験をする。同作は舞台が大正時代だったので、時代背景を調べ、自分なりに設定を考えた。監督の原田眞人からは何度もダメ出しされたが、結果的にそのシーンは、《自分で(セリフを)書いているせいか、演技がすごくナチュラルなんです。言葉が自分の中から出ている》と、満足のいくものになったという(『日経マガジン』前掲号)。

 世間でのイメージもやがて「お嬢様女優」から脱却していく。30歳になった2006年公開の映画『寝ずの番』では、中井貴一演じる落語家の妻を演じ、病床にあった師匠(長門裕之)に夫たち弟子の勘違いが原因で、彼女がベッドの上に立ってスカートをまくりあげて見せるという大胆なシーンが出てきて、ファンを驚かせた。