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12月下旬、西口は東京地裁の控室でたまたま見かけた弁護士・神吉梅松さん(同81歳)を次の標的に選んだ。まず神吉さんに「民事事件を依頼したい」と偽りの電話をかけ、同月29日に外出先で面談。
その後、言葉巧みに東京都豊島区の神吉さんのアパートに同行し、部屋に入るや背後から頭を殴り、ネクタイで首を絞めて殺害。現金14万円相当を奪い、それから4日間、遺体をタンスの中に入れたままこの部屋で過ごした。
弁護士を偽ってお寺に入り込み⋯
年が明けた1964年1月2日、西口は東京の弁護士「川村覚次」を名乗り熊本県玉名市の立願寺に現れる。
この寺の住職は、福岡刑務所の教誨師もしている古川泰龍さん(同43歳)で、当時、免田栄さん(1948年に熊本県人吉市の祈祷師夫婦を金銭目的で殺害したとして確定死刑判決を受けたが、冤罪の疑いが濃いとされていた)の釈放運動に尽力していた。
古川さんは10年前、福岡刑務所にも講話のため訪れたことがあり、当時服役中だった西口は彼を覚えていたが、逆に古川さんに西口の記憶はなく、釈放運動を支援したいと言う西口を喜んで招き入れた。
家族が歓迎ムードに包まれるなか、古川家の二女るり子さん(同10歳)だけは川村弁護士を訝しむ。彼の人相が町の掲示板に貼られた連続殺人犯、西口彰の指名手配写真に酷似していたのだ。