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死刑執行は1970年12月11日(享年44)。
処刑前、西口は「(すでに亡くなった)母の後に逝けるのが何より幸せです。遺骨は別府湾に散骨してください。アーメン」と語ったそうだ。
映画化は断念されが⋯
世間を恐怖に陥れた西口の犯行は、すぐに映画化の話が持ち上がり、逮捕から1ヶ月後にはすでにシナリオの決定稿が完成していた。タイトルは「一億人の眼」。
監督は新人が起用される予定だったが、西口の父親が、息子はともかく映画化によって孫までもが断罪されるのは許してほしいと嘆願したことで映画会社が断念。
今村昌平監督の「復讐するは我にあり」が公開されるのは、西口の死から9年後の1979年のことだ。