消防の発表によれば、1月16日早朝5時、空き家から上った火はまたたく間に燃え広がったという。消防隊員300名、消防車80台以上が出動し鎮火にあたったが、火は8時間にわたってバラックを焼き続けた。狭い路地に、簡易な木材やビニル・ウレタンなど燃えやすい素材の住居が密集していたことが、火災の規模を拡大させた要因だという。幸いにも死者は出なかったが、町に残る193世帯の3分の2にあたる129世帯の住居が全焼した。半日にして、町の中心部がまるごと焼失してしまったのである。
ためらいながら、焼け跡に足を踏み入れると、焼け残った住民の家財があちこちに散らばっている。味噌甕、公務員試験の参考書、古いグラビア雑誌、エメラルド色の焼酎瓶、子供用の手帳……。
「あぁ、見つけたぞ!」
遠くでうずくまり何かを探していた老いた男女の一群から、甲高い声があがった。
指輪かコインか、何かしらの財産を見つけたらしかった。
私たちの場所からは、彼らが笑っているのか、泣いているのか、わからなかった。
「住民を追い出そうと火がつけられた」と…
火災翌日、午前9時。タルトンネには、火災前とは明らかに異なる、殺伐とした空気が漂い始めていた。 町の広場にはビニールテントの退避所が設けられ、被災者たちが集い始めていた。
「いったい、どうするのよ!」
「このまま焼け出されておしまいなの!?」
「落ち着け! 落ち着くんだ!」
「どうにかして、この町に残る術を探さないと!」
怒号や叫喚が飛び交っていた。
「取り返しのつかないこと」――つまりこの火災が、再開発を進める開発公社にも、立ち退きを拒む住民たちにも、決定的な影響をもたらすことは目に見えていた。全焼した129世帯に居住していた住民には、行政から臨時的な避難場所としてホテルが提供された。避難生活はいわば、彼らに与えられた一種の「猶予」だった。ホテル滞在の支援が終わる前に、次の行き先を決めねばならない。タルトンネには、帰る家がない。残る選択肢は、開発公社が臨時移住先として提供する賃貸住宅への移住のみ。これは、実質的な「立ち退き」を意味した。
社会で最も富める者を見上げ暮らしてきた住民のうちに、長年、澱のように溜まってきた情念が、火災を機に噴き出そうとしていた。住民たちは口々に、あることを語り始める。
「この火災は、仕組まれたんだ」
「退去しない住民を追い出そうと、火がつけられた」
「故意に火災を起こした開発公社とソウル市は責任を取れ!」

