2025年6月14日、前立腺がんのため享年59にて逝去された医療ジャーナリストの長田昭二さん。文藝春秋PLUS連載「僕の前立腺がんレポート」をはじめ、死の直前まで、懸命な治療の全てを読者に伝え続けてくださいました。「週刊文春」に寄稿した闘病記を改めて公開します。(初出:2022年8月18日・25日号)
「ちょっとこれをご覧ください」
服部医師が指さす黒い画面の中には人体と思われる白い影が映し出され、背中の上部と肺に1つずつ、赤い点が浮かび上がっている。
「がんの転移と思われます」
2021年6月24日午前10時。東京・築地の聖路加国際病院旧館2階の泌尿器科外来診察室。翌々月に手術を控えて受けた直前検査の結果を聞きに行った僕は、ここで「がん転移」の告知を受ける。僕がなんだかんだとごねているうちに、タッチの差でがんに先を越されてしまったのだ。
この瞬間、それまで「Ⅱ」だった僕のがんのステージは、「Ⅲ」を飛び越えて「Ⅳ」へと2階級特進を遂げた。通常、転移があると手術の適応ではないのだが、服部医師は「どうしますか」と訊ねてくる。というのも、転移したとはいえまだ小さい。それは追って放射線や抗がん剤で対応するとして、とりあえず元凶の前立腺は取っておいて損はない、というのが服部医師の考えなのだ。
僕としても手術を受ける気満々で来ているので異存はない。その場で「お願いします」となった。予定通り8月17日に手術(ロボット手術)は行われ、わが前立腺は骨盤内からホルマリンの中へと居を移した。
前立腺を取る半年ほど前から、ホルモン療法を始めていた。前立腺がんは男性ホルモンをエサにして増殖するので、男性ホルモンの産生を抑える薬で進行にブレーキを掛けられる。ホルモン治療と手術によって、術前は「12.06」まで上がっていたPSAは、「0.04」に低下した。
手術の翌月には、背骨の転移巣に放射線を照射する治療を受けた。通常は週5回を4週にわたって連続照射するのだが、東海大学病院では3回の照射で同等の効果が得られる最新の放射線治療を導入しており、これによって仕事への影響もほぼないまま治療を受けることができた。
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この続きは「週刊文春 電子版」で配信中。全摘手術後に長田さんの身体に起きた「変化」など、自身の闘病の記録を詳細に綴っている。

「前立腺全摘」「ホルモン治療」で医療ジャーナリスト・長田昭二さん(享年59)に起きた変化《リンパ浮腫、ホットフラッシュ…》【前立腺がんレポート #2】
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