2025年6月14日、前立腺がんのため享年59にて逝去された医療ジャーナリストの長田昭二さん。文藝春秋PLUS連載「僕の前立腺がんレポート」をはじめ、死の直前まで、懸命な治療の全てを読者に伝え続けてくださいました。「週刊文春」に寄稿した闘病記を改めて公開します。(初出:2022年8月18日・25日号)

★後編はこちら

 様々な病について、普通の人よりいささか詳しい自分ががんになった。知識や人脈があっても、悩み、迷う。もしあの時、こうしていたら……という悔恨、最新の手術や治療法なども、この際全て詳らかにしてお伝えしたい。

 日頃病気の恐ろしさを唱え、早期発見、早期治療の重要性を説いている医療ジャーナリストが、がんにかかった。しかも、せっかく早期で見つけたにもかかわらず、治療のタイミングを逸して転移させてしまった。穴があったら入りたいところだが、こうなった以上はせめて自分の体験、特に失敗の部分を伝えることで、読者諸氏のお役に立ててもらいたいと考えた。

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術前検査直後の筆者

 僕のがんとは、前立腺がん。前立腺とは膀胱に隣接して尿道を覆うように存在する“クルミ大”の器官。精巣で作られた精子を保護する「前立腺液」を作るのがおもな役目で、当然のことながら男性にしかない。

 国内で毎年約9万2000人が新たに患者として認定され、約1万2000人が命を落としていく前立腺がん。新規患者より死亡者数が少なく、また比較的進行が緩やかなことから患者数は右肩上がりで増え続け、日本では「男性がんの罹患数首位」に君臨している。

元気にマラソンを走っていた頃の筆者

 僕と前立腺がんとの出会いは、いまから7〜8年前にさかのぼる。当時の僕はランニングを趣味とし、毎年「香港国際マラソン」でフルを走り、それ以外にも年に6回程度は国内のハーフマラソンに出場していた。

高い確率で性機能を失う

 ちょうどこの時期、僕は2度目の離婚を経験し、強烈なストレスで食事が喉を通らない日々を過ごしていた。体重は見る間に減少し、わずか2カ月で15キロの減。健康的ではないが体重減少のおかげでレースに出るたびに「自己ベスト」を更新する。ほかに楽しみもないので、8月の暑い日に皇居の周りを3周走ったら、直後に人生初の血尿を見たのだ。

 近所のクリニックを受診したところ、この血尿は脱水によるものだった。しかし、前立腺がんの腫瘍マーカーである「PSA」の値も3.5と比較的高く(4を超えると前立腺がんの疑いが濃くなる)、経過観察をすることになったのだ。

 PSAはその後も3と4の境を行き来した。2年ほど経って、久しぶりにMRI検査を受けると、前立腺の一部に白く光るものが小さく写った。翌年、その光は大きくなり、その翌年にはハッキリとした異常所見として浮かび上がった。

 ちょうどそのころ、「HIFU(ハイフ)」という治療技術の取材で東海大学医学部腎泌尿器科准教授の小路直医師と知り合った。HIFUとは、腸管越しに前立腺へ超音波を当ててがん組織を焼灼する治療法で、早期の前立腺がんには極めて有効な治療法だ。その最新の医療技術もさることながら、何より小路医師の人柄の素晴らしさに惚れ込んだ僕は、自分の前立腺について相談し、主治医になってもらうことになる。

 そして2020年4月。やはり全国に先駆けて小路医師が導入している「ターゲット診断」を受け正式に、「前立腺がん」の診断が下りた。

 この続きは「週刊文春 電子版」で配信中。前立腺がんの診断を受けた長田さんが「全摘手術」を躊躇った理由など、自身の闘病の記録を詳細に綴っている。

次の記事に続く 「転移と思われます」前立腺がんはステージII→IVに…医療ジャーナリスト・長田昭二さん(享年59)が選択した「全摘手術」「ホルモン治療」