男女7人が殺害された北九州監禁連続殺人事件の発覚から25年目となる今年、現場の指揮官として捜査の全容を知る特捜班長が初めて重い口を開いた。「難しいとされる『死体無き殺人事件』にどのように対処したのか、後進の者に伝えなければならないと思って」――その言葉の裏には、寝食を忘れて捜査に打ち込んだ捜査員たちの矜持があった。
「これは長丁場ですね」班員のひと言が現実に
福岡県警捜査一課で特捜班長を務めたT班長(現在78歳)は、2002年3月8日の昼頃、中村俊夫捜査一課長から「小倉北(署)から少女監禁で、応援要請があっとんやけど、ちょっと行ってくれん」と声をかけられた。少女監禁の案件であれば少年課の特捜班が動くはずだと訝りながらも、5名の班員を率いて小倉北署へ向かった。
署内はごった返しており、刑事課長の横には警察官ではない人物がパソコンを打っていた。管理官に確認すると、それは地検の検事だった。しかも保護された少女・広田清美さん(仮名、当時17歳)は、父親を含む7人が殺害されたことをすでにすべて話しているという。
「もちろん、最初は少女からそう聞かされた方も半信半疑ですよ。だけどそれで、彼女が言うてた場所にガサをかけたら、実際に子供が保護されたりしとるでしょ。ああ、これは本当だってなったんです」(T班長)
その日の午後8時、T班長は一課長にこの状況を報告し、翌日からの捜査参加を伝えた。班員のM係長が「これは長丁場ですね」と口にした言葉は、やがて現実となる。5名のT班は、以後1年以上を休みなしで捜査に当たり続けることになった。
捜査上の強みはいくつかあった。犯人の松永太と内縁の妻・緒方純子はすでに逮捕されており、清美さんの証言に加え、被害者に違法行為を自筆で告白させた「事実関係証明書」や電気を流したコードなども押収済みだった。「どちらかが落ちたら、相手も共倒れになりやすい」とT班長は読んでいた。
だが、「死体無き殺人事件」の捜査はそう単純ではなかった。捜査本部が置かれた部屋は10人も入れば一杯になる狭さで、毎日上がってくる捜査報告は多すぎて全部は読めない。T班長はM係長に「丸投げ」しながら、書類管理と情報整理を徹底させた。そして毎朝、署内の道場に捜査員を集め、情報を与えて自ら考えて動けるよう促した。
「自分のなかで咀嚼して動いてもらうために、そこは捜査員を信用して、ある程度の情報は与えるようにしていました」(T班長)
現場から指紋が一切検出されなかった理由、3万点を超える証拠品が押収された捜査の舞台裏など、T班長が語る"死体なき殺人"との戦いの詳細は、「週刊文春 電子版」で配信している。

