被害者は「痛い、痛い!」と叫びながら死んでいく――。高度経済成長の裏で起きた「イタイイタイ病」は、企業の利益優先と環境汚染が生んだ悲劇だった。
背骨が30センチ以上縮んだ患者もいたという凄惨な実態と、原因究明に挑んだ医師の闘いを、鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』よりお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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「利益優先」が招いた悲劇
高度経済成長期、日本の重化学工業化が進歩する傍ら、企業は利益優先のため、コスト削減を図り安全管理を怠った。結果、起こったのが環境汚染で、多くの人々が健康被害で苦しむことになる。
本章では地下水や河川水、空気中の浮遊物、ガス、食物などに含まれた有毒物質を摂取したことに起因する「四大公害病」を発生順に取り上げていく。
最初は、危険な数値のカドミウムを含む米を食べた人々の骨がもろくなり、「痛い! 痛い!」と叫びながら衰弱死していった「イタイイタイ病」の悲劇である。
その謎の病気が最初に確認されたのは1911年(明治44年)のこと。場所は一級河川、神通川流域の富山県婦負郡婦中町(現・富山市)。症状は初期段階こそ肩、腰、膝が痛む程度だが、時間の経過とともに骨がスカスカになり、やがて呼吸したり寝返りを打つだけでも「痛い、痛い」と叫ぶほどの激痛に襲われ、骨折を繰り返したうえ最終的に寝たきりになり衰弱死に至るというものだ。
患者は主に出産経験のある35歳以上の女性。原因も治療法も全くわからず、長い間、地域特有の奇病として恐れられてきた。
それから35年が経過した1946年(昭和21年)、旧制金沢医科大学(現・金沢大学医学部)を卒業後、地元で開業医となった婦中町出身の萩野昇(1915-1990)が、この病に直面する。痛みに耐えながら神通川の水を利用した稲作に従事していた女性たちは苦痛のあまり「痛い! 痛い!」と叫び、足は何箇所も折れ曲がり、満足に歩くことができない。

