「売名行為はやめろ」「そんなことを言ったら米が売れなくなる」――。イタイイタイ病の原因が企業排水にあると突き止めた医師・萩野昇を待っていたのは、称賛ではなく激しい誹謗中傷だった。

 脅迫、孤立、そして酒浸りの日々。それでも彼が研究をあきらめなかった理由とは。公害病認定と企業責任をめぐる壮絶な闘いを、鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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「誰も嫁に来てくれなくなる」

「田舎ものの医者に何がわかる」「売名行為はやめろ」などの誹謗中傷が相次ぎ、地元住民も「そんなことを言ったら作った米が売れなくなる」「誰も嫁に来てくれなくなる」と激しく反発。

「萩野は砂利トラックに撥ねられて死ぬだろう」との風評が飛びかい、患者のもとには白衣の男たちが現れ「鉱毒説に関わると大変なことになる」と脅迫した。

 やがて萩野は精神を摩耗させ酒浸りとなる。が、1962年に妻が亡くなったのをきっかけに断酒し、再び研究に尽力。

 1963年に厚生省(現・厚生労働省)、文部省(現・文部科学省)に「イタイイタイ病研究会」を発足させ、1966年11月には被害者の家族や遺族らが「イタイイタイ病対策協議会」(イ対協)を結成。富山県は住民に健康診断を行い、その結果に基づき翌年3月に患者73人を認定した。