イ対協は当初、神岡鉱山を経営する三井金属鉱業と示談交渉を行った。が、三井側の反応は冷たく、彼らは裁判に打って出ることを決意。1968年3月、患者・遺族28人が三井金属鉱業を相手に総額約6億3千万円を求める訴訟を富山地裁に起こす。

 同年5月、厚生省は「イタイイタイ病の本態はカドミウムの慢性中毒による骨軟化症であり、カドミウムは神通川上流の神岡鉱業所の事業活動によって排出されたものである」と断定し、これによってイタイイタイ病は政府によって認定された公害病の第1号になると同時に、萩野はこれまでの功績に対して日本医師会最高優功賞、朝日賞を贈られる。

被告の三井側の主張は⋯

 裁判で、被告の三井側は「カドミウムによる人体の影響や、その仕組みが解明されておらず、因果関係はない」と主張した。が、1971年6月30日、同地裁は原告側の訴えを認めたうえで、被害者が被った肉体的および精神的苦痛の甚大さ、被告の損害賠償に対する不誠実さを考慮し、近年の死者には500万円、それ以前の死者および生存患者には400万円を支払うよう三井側に命令。

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写真はイメージ ©getty

 翌1972年8月9日の控訴審判決公判でも被告側が全面勝利し、名古屋高裁は死亡患者全員に1千万円、生存患者に800万円と一審の2倍の慰謝料を支払うよう命じる。