背骨が30センチ以上縮んだ
中には背骨が30センチ以上縮んだ患者もおり、診断しようにも腕を取っただけで骨折する有り様だった。彼女らは周囲からの差別はもちろん、家族からも遠ざけられながらも、脳だけは正常なため、自分で動けるものなら神通川に入水して自ら命を絶ちたいと漏らしたり、激痛に悶えながら衰弱死するなど、そこには家庭崩壊の悲劇も相次いでいた。
故郷の異常事態を救うべく、萩野は東京の疫学専門医らと原因解明に乗り出し、まずは試しにカルシウムの吸収を助けるビタミンDを患者に大量に処方したところ、症状が和らいだ。そこで「栄養失調」が原因と推測するが、特定の年代の女性ばかりが罹患していることから、この説はすぐに否定される。
次に萩野は患者の女性たちの大半が神通川流域に住む農家の人間であること、この病にかかると腎臓の働きが悪化し、体にカルシウムがほとんど吸収されないことで新しい骨を上手く作り出せないため、簡単に骨折を起こす体になっていたことを突き止める。そこから導き出された答えは一つ。原因は神通川の水にあるに違いない。
神通川上流では、19世紀末より三井金属鉱業の神岡鉱山が亜鉛を採掘・精錬していた。錆に強く頑丈な亜鉛は現在でも車や精密機器などのコーティングに使われているが、当初は日清戦争(1894-1895)、日露戦争(1904-1905)の武器や軍艦などの表面保護が主な用途だった。
しかし、太平洋戦争で日本の主要都市が焼土に化すと、崩壊後に立て直した建物の錆止めなどに使われ始める。そして、1950年代に入り冷蔵庫・洗濯機・掃除機のいわゆる「三種の神器」が一般家庭に普及したころ、亜鉛は暮らしに欠かせない存在になった。