祖父は一代で百貨店を築き上げた名経営者。両親はともに高学歴のインテリ。兄弟には歯科医もいる――。
そんな“恵まれた家系”に生まれた男は、なぜ歌舞伎町最大級のキャッチバー・チェーン「Kグループ」を率いる“ぼったくりの帝王”へと変貌したのか。栄光と転落、知性と欲望が交錯する、影野臣直の半生を追う。
作家・本橋信宏氏の文庫『歌舞伎町アンダーグラウンド』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)
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元ぼったくりの帝王
「愛の街、恋の街、噂の花咲く宵の街、ここは新宿歌舞伎町、ご来店まことにありがとうございます。さあ、69番マリカさん、ハッスルハッスルハッスルタイム、よろしくお願いします。さ、ハッスルハッスルハッスルハッスル! 66番カエデさん、そろそろよろしくお願いします。さあ、ハッスルハッスル! 乗って参りましょう! 乗って参りましょう! ハッスルハッスルハッスルハッスル!」
歌舞伎町の喫茶室ルノアールで、影野臣直が暇つぶしに得意の場内アナウンスをやりだした。
流暢な語り口から、いかがわしさたっぷりの靄があたりに立ち込める。
「ありがとうございます、ありがとうございます。店内一杯に流れております、愛の名曲別れの名曲、メリー・ジェーン。これをラストソングとして本日の営業完全クローズ、完全終了とさせていただきます。素敵なお客様、まだまだまだまだまだまだまだまだお名残おしいですが、当店、警察当局の取り締まり厳しい折、11時45分過ぎてからの営業は固く固く禁じられております。ご了承いただきますようお願いいたします」
まるで70年代大衆キャバレーにタイムスリップしたような錯覚に見舞われる。
元ぼったくりの帝王の宴がつづく。
「星の降る夜はー そーれ、よいしょ、どっこい! あなたとふたりでー えーい、よいしょ、どっこい! ハッスルハッスルハッスルハッスル! ハッスルハッスルハッスルハッスル! ハッスルハッスルハッスルハッスル!」
前作『高田馬場アンダーグラウンド』にも登場した影野臣直、十八番の場内アナウンスである。
影野はテーブルのオレンジジュースで喉を潤す。
酒は浴びるほど飲んできたが、10代のころからタバコは一度も吸ったことがなく、コーヒー、紅茶、コーラの類も一切飲んだことがない。シンナーも覚醒剤もやったことはない。ぼったくりの帝王、意外とヘルシー。
