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「ベシャリが達者だったから、キャバレーの指示出しを任されたんです。高校生のときからバイトでやってましたよ。こっち(東京)にきてからステレオがほしくて歌舞伎町でも呼び込みをやってました」
祖父は経営者、両親はインテリ
影野臣直、1959年、大阪市生まれ。
祖父が一代で百貨店を築きあげた裕福な家族の長男として生をうけた。
父も母もインテリだった。父は将来、長男を歯科医にしようとしたが、急逝したため、長男は歯科医にならず、次男が医師となった。
長男は一浪ののち、1980年春、東京・白金のシティボーイ、シティガールの集うある大学に入学した。
田中康夫『なんとなく、クリスタル』が大ヒットして、ブランド品を身にまとう女子大生が話題になった。彼女たちはメディアからクリスタル族と呼ばれ、影野が在籍した大学はクリスタル族が集う大学としても有名だった。
ぼったくりの帝王は、実は時代の最先端をいくクリスタル族の一人だったのだ。
ステレオがほしかった影野青年は大学に通いながら、歌舞伎町で呼び込みのアルバイトをやりだした。
通行人に声をかけていると、ある日、目の前に好みのタイプが通りかかった。
「太地喜和子に似たすげえいい女でした。目が大きくて、顔立ちが派手。俺、派手な女が好みなんですよ。“飲みに行かない?”って声かけたのがきっかけです。俺より7つ上でした。そのころ借りていた大久保2丁目の俺の部屋に連れ込んで、それから同棲です」