「タカシはどこですか?」「心肺停止です」

 午前9時ごろ、職場にいた母親の携帯に警察署から着信が入る。折り返すと、警察官の声で「踏切で事故があって……警察へ来てください」と告げられた。

「列車事故に巻き込まれて怪我でもしたのかと思い、急いで向かいました。電話では詳細が伝えられず、接触事故かどうかもわかりませんでした。まさか息子自身が電車に……なんて思いもしませんでした」(母親)

 警察は母親のほか、父親にも連絡を入れた。父親は大学生のタカシくんの姉にも連絡を入れた。

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「私への連絡はもっと曖昧でした。『列車事故の現場に、息子さんの生徒手帳があったから、ちょっと来てください』と。何のことだろう、怪我をしたんだろうか、と混乱しながら向かいました」(父親)

 警察署に母親が到着したのは午前9時30分ごろ。非情な現実を突きつけられる。

「『タカシはどこですか?』と聞きましたが、返ってきたのは『心肺停止です』という言葉でした。しかし検死の必要があるということでタカシに会うことはできませんでした」

 父親と姉は遅れて警察署に到着した。このとき、父親はタカシくんが亡くなっていることをまだ知らないまま、事情聴取を受けた。事情聴取は正午ごろまで続き、ほかにも自宅の捜索も行われた。

「状況を聞いたタカシの姉が泣き崩れ、しばらくは話すこともできない状態でした。警察の人と一緒に家へ戻って捜索が終わってもまだ実感がわかず、ただショックで呆然としていました。警察が夕方に帰った時に3人とも朝から何も食べていなかったことに気がついて、コンビニでお弁当を買って食べました。姉が泣きながら『何でなん? 夢じゃないん?』と繰り返し言っていたのを覚えています」(母親)

家族旅行では笑顔を見せていた

 その夜、残された家族3人は川の字になって眠った。次の日からは葬儀の手配や遺影の準備が始まった。姉の成人式の記念に撮影した家族写真が一番映りが良かったが、その笑顔を見ることすら苦痛だった。

「毎日ずっと泣いていて、夜は3人くっついて眠っていました。私も『どうして?』と言い続けていました。コンビニの弁当は、何を食べてもほとんど味がしませんでした」

 家族がタカシくんの遺体と対面できたのは、3日後のことだった。検死とDNA鑑定を終えた遺体は、変わり果てた姿だった。

「姉の動揺が激しかったので、遺体を包んでもらうよう葬儀会社にお願いして、火葬する時まで遺体を直接見てはいません。その日つけていた腕時計やメガネはグシャグシャでしたが、カバンは線路脇に置かれていたようで、中に入っていた水筒はきれいなままでした」(母親)