警察の調査により、事故当日のタカシくんの行動も少しずつわかってきた。タカシくんが電車にはねられたのは午前7時59分。しかし、駅前で父親の車を降りてから30分ほどの“空白の時間”があった。
「タカシは車を降りてもすぐに駅構内には入らず、線路沿いを歩いていたようです。路線バスのドライブレコーダーに姿が映っていました。また近くのコンビニの駐車場の防犯カメラにもずっと映っており、コンビニから数分で着くはずの事故現場まで歩くのにも15分くらいかかっています。本来ならもっと早く着く距離です。ためらっていたのだと思います。その時に電話してくれれば……」(母親)
原因は担任のA先生だった
タカシくんが亡くなった4日後に家族葬が終わり、両親の頭に浮かんだのは「なぜタカシは死ななければならなかったのか」という疑問だった。タカシくんは家族関係のトラブルもなく、小学校時代は成績優秀。テストはほぼ満点で、忘れ物で注意されることもなかった。手先が器用で自由研究をこよなく愛する少年だった。
「毎年、お盆が潰れるくらい自由研究に熱中していました。中1の時は氷の溶け方、この夏は納豆作り。大豆やそら豆を自分で発酵させて、『食べる』と言うのを『やめておきなさい』なんて笑いながら止めたこともあったんです」
地元の進学校の中でも、タカシくんが選んだ「指導が厳しい」と噂される県立中学を選んだのは、仲の良い友人たちが進学するからだった。しかし1年生のゴールデンウィーク明けから、タカシくんの体調に異変が生じ始める。
「家族に対して『だるい』と言うことが増えました。トイレに長時間こもるようになり、朝は起きられず、深夜に突然起きたり……。心配した夫が担任のA先生に相談すると、学校でも居眠りをしていることが分かりました。私はスマホの使いすぎによる寝不足だと思い、スマホを没収して『規則正しい生活をしなさい』と息子を叱っていたんです」
しかし、タカシくんを苦しめていたのは、まさにそのA先生だった。
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。

