「それ」はマッサージ師募集の広告から始まった
早くも1993年、マクスウェルはパームビーチで地元の新聞に「マッサージ師募集」の広告を出し、それに応募してきた少女たちを面接して、エプスタインに引き合わせていた。これらの実態は後の裁判で被害者の少女らが克明に証言した。
エプスタイン邸の複数の部屋にはマッサージ台があり、数年間にわたって数百名もの少女たちがマッサージを提供するという名目で邸宅を訪れることになった。が、実際に行われていたのは少女たちに対する性行為の強制だった。エプスタインは1日に3人ものマッサージ師を要求することもあった。
パームビーチの警察は、エプスタインの邸宅でマッサージを行っていた30人以上の女性について調査し、その多くが18歳未満で、マクスウェルがその勧誘に関わっていたことを、やはり後の裁判で証言している。
エプスタインとマクスウェルは、モデルを夢見る少女や家庭環境が複雑で「経済的・精神的な助け」を必要としている少女たちを慎重に選んだ。
マクスウェルは「洗練された上流階級出身の女性」であり、それが少女たちの警戒心を解いた。1994年、ロンドンでリクルートされた当時14歳の少女は、後の裁判で次のように証言している。
「(マクスウェルは)私から見てエレガンスと洗練の象徴でした。彼女は私がなりたい(大人の)女性そのものでした」
そんな少女に対し、マクスウェルはエプスタインをマッサージするよう求めた。
マクスウェルはロンドンに住む少女の海外渡航の手配をして、パームビーチのエプスタイン邸に呼び寄せた。
到着した少女に、マクスウェルは「女子生徒(スクールガール)風の衣装」を着るように命じてから「彼はこれが好きなの」と言った。そして少女をエプスタインのマッサージ室へと案内したという。
こうした異常な経験をしたのはこの娘だけではない。エプスタイン邸に連れてきた多数の少女たちに向かって、マクスウェルは「あなたたちはただの女の子じゃない。大実業家エプスタイン氏の個人秘書や専属モデルに選ばれたエリートなのよ」と教え込んだ。
