日常・社会運動・コロナ禍
撮影を始めたのは2018年。当時、香港で大規模な社会運動はまだ起きていなかった。
「当時、時代の転換を撮ろうという意識はまるでありませんでした。その後、2019年に入って香港に大きな変化が起きるようになりましたが、その時でさえ、自分たちにどんな影響があるのかを撮ろうとは思ってもいなかったのです」
ところが、長洲の外で起きている出来事が、店に集う人々の会話の中へと少しずつ入り込んできた。そして、あろうことか彼らの関係を揺さぶりはじめたのだ。
「フェイメイと丈さんの撮影を続けるうちに、食堂のテレビに映っている“外の世界の出来事”が、お互いの争いや不理解、価値観の衝突を生んでいることに気づきました」
結果的に、この映画はシン監督の想像をはるかに超えるかたちで仕上がった。
「この映画は3部に分かれています。第1部は食堂の日常。第2部は、社会運動のなかで見えてくるジェネレーションギャップ。そして、第3部はコロナ禍。一度は壊れた関係が、静かな時間の中で修復されていく……いかに相手と和解し、コミュニケーションを続けるのかを見直す機会をコロナが与えてくれたのだと感じました」
もっとも編集作業は困難をきわめ、1年半のあいだに約30のバージョンが作られたという。
「食堂の日常や人々の関係、そして社会運動の扱い方のバランスを取ることがなによりも大変でした。この映画は編集のなかで完成したものだと思います」
やむをえずカットした場面もあった。シン監督が挙げたのは、丈と萍の店主夫婦が火鍋を食べている場面だ。酔った丈を妻の萍が叱り、二人は激しく言い争うが、その後にふっと沈黙が訪れる。一人はテレビを見つめ、一人は孫娘と遊び始めた……。
「とても印象的な場面でした。夫婦喧嘩の中に、言い争いを途中でピタッとやめる“阿吽の呼吸”を感じたのです。萍さんはとても魅力的な母親なので残念でしたが、世代間のギャップに映画の焦点を絞るため、泣く泣く削ることにしました」


