「政治について語る時、私たちは身近な人さえも“敵”にしてしまう」
『日泰食堂』には香港社会の変化が映り込んでいる。しかしながら、シン監督は本作を政治的主張のための映画とは考えていない。
「この映画は“政治をどう議論するか”という政治のための映画ではありません。また、政治的立場そのものが重要な作品でもないのです」
もちろん、シン監督にも政治的な立場はある。しかし本作が描き出すのは、立場そのものではなく、立場の違いによって親しい人との関係が変わってしまうことだ。
「社会運動は、いわば導火線のようなもの。その導火線が、未来への想像や価値観の違いをあらわにし、広げてしまう。そのせいで私たちは衝突してしまうのです」
映画の編集中、シン監督はとある場面を見て涙を流したという。そこには言い争いの末、店主の丈が店の入り口に座り込む様子が映し出されていた。
「政治について語る時、私たちは身近な人さえもたやすく“敵”にしてしまいます。当時の私は、丈さんという大切な人を突き放し、コミュニケーションさえ拒んでしまっていた。その時、『お互いの立場や価値観が違う時、どうやって身近な人に向き合うか』を映画の核にしようと思いました」
香港人ではなく「長洲人」として
政治やアイデンティティについてオープンに語り合うのは、本来とても難しいことだ。同時に、価値観の異なる人々に囲まれながら、ひとりでじっと考えを深めていくことも非常に難しい。
長洲の場合、背景には離島ゆえの特性もある。若い世代は中学生になると市街地へ通い、のちに働き、海外にも出かけるようになる。監督自身が台湾へ留学し、その後も台湾で暮らしているように、彼らの世界は島の中だけではない。
けれども元漁師の丈にとって、生活の中心は、若いころから暮らしてきた長洲であり、自宅と一体になった日泰食堂なのだ。
「丈さんの活動範囲は日泰食堂の近くだけで、手に入る情報といえば、テレビを通じたものか、同じような生活をしている友人から聞くものだけ。長洲は船しか交通手段がなく、どこか閉鎖的な一面があります。その一方、だからこそ独自の文化と生活があるのです」
長洲の住民は、自分たちを香港人ではなく「長洲人」と呼ぶ。香港の人々が、自らを中国人ではなく「香港人」と呼ぶように。
シン監督はこう言う。「つまり日泰食堂は、長洲の縮図であり、香港の縮図でもあるのです」
それでも、シン監督は本作を「とても個人的な物語」だという。自分にとっての“家族たち”が、いかに歩み寄り、理解し合えるのかを懸命に考え抜こうとした映画だからだ。
「“家族への想い”は、私たちの共通言語だと思っています」とシン監督は語る。
「この映画を通じて、そんな“家族への想い”を、国や言語の異なる皆さんに伝えたい。そして、長洲や日泰食堂へご案内したいのです。そこで、私たちの喜びや悲しみ、憂いなどを感じていただけることを願っています」
『日泰食堂』
監督:フランキー・シン/2024年/83分/台湾・香港・フランス合作/配給:太秦/5月30日より全国順次公開




