母には小さいころによく観劇に連れて行ってもらい、7歳からはクラシックバレエを習っていて、舞台に親しみこそあったものの、高校に入るときにもとくに演劇に興味はなかったという。それでも中学時代にバスケで示した負けず嫌いな性格は、高校でも発揮される。ダンスの練習や演技の勉強のため誰よりも早く教室に入った。部活は演劇部に入り、ミュージカルの練習漬けで、学校から帰宅したら寝るだけという日々を送る。
高校卒業後、劇団四季に入団
高校に劇団四季の人が教えに来ていたこともあり、卒業後の1990年には劇団四季附属研究所に入った。この年、四季には1000人以上の応募があり、合格者は30人だけという超難関だった。ただ、研究所に入っても翌年の試験に合格しなければ正式な劇団メンバーにはなれないとあって、堀内は保険として同時に大学も受験し合格している。結局、大学は入学式だけ行って休学、それから四季の研究生として学んだ1年間を本人は次のように振り返る。
《高校の先生から“すごく厳しいところだ”って聞かされてましたから、逆に入ってみて安心した面もありました。なにせ、死ぬ覚悟で入りましたから(笑)。朝早く起きて、研究所に行って、お掃除をして、レッスンをして、勉強して…。ほんとに時間の密度が濃かったです》(『ソワレ』1993年1月号)
初舞台は翌1991年1月の『ミュージカル李香蘭』。研究生から正式に劇団メンバーとなったのち、1992年には『アスペクツ・オブ・ラブ』で主要人物の1人であるジェニー役に大抜擢される。公演当時20歳で、メインキャスト5人のなかでも最年少だった。以後、劇団のホープとしてあいついで主要な役を任され、愛らしいルックスとソプラノの澄み渡る歌声で人気を博す。
