——それは大丈夫なんですか……?
Nimo 一晩で5回分もらってた痛み止めも爆速で使い切っちゃって、不安になって緊急用の先生の電話番号に電話したんです。でも寝てたみたいですごく不機嫌な感じで「大丈夫だから」って切られちゃって。
——ただ我慢するしかなかった。
Nimo あの痛みは間違いなく人生で一番でしたね。とにかく少しでも動くと痛みが突き抜けるし、横になると起き上がれなさそうだったので次の日の昼11時に病院に行くまで12時間ずっと座って過ごしてました。
なんとか痛みから意識をそらしたくてテレビをつけたら『ドラゴンボールGT』の再放送がやってて、嬉しくて泣きながら見てました。
——手術の後はどんな経過だったんですか?
Nimo 切ったところは半年くらい感覚がないので大丈夫だったんですけど、乳腺をとった内側が内出血しててじわじわと痛みました。でも生活に支障が出るほどではなくて、1週間したら痛みも気にならないくらいになってました。
見た目的には最初は紫色だったのがだんだん黄色くなっていって、それが1カ月くらいは残ってました。その間は術部を守るためにずっとさらしみたいなのを巻いているように言われてましたね。
——手術後、体を見てどう思いましたか?
Nimo 平らになったのが本当にうれしくて、鏡の前に立つたびに感動してました。胸を気にしなくていい解放感がすごくて、それまで避けてたTシャツを買いに行ったり、毎日ただ生きてるだけで楽しかったです。
——手術をして生活も変わりましたか?
Nimo 女性化乳房が僕の人生の全ての足を引っ張っていたことに気がつくぐらい、全部が変わりましたね。
小学生のときに胸をイジられたのがきっかけで不良っぽい見た目の人が怖くなって、中学受験の理由も「怖い人がいない学校に行きたい」だった。何をするにしても警戒心が先に出てきて自分の行動を抑制してしまってたんですけど、それが「迷ったことはとりあえずやってみよう」と思うようになりました。
筋トレの世界では褒め言葉だった「胸がでかい」
——バンドを始めたり筋トレを始めたのもその影響ですか?
Nimo バンドは完全にそうですね。それまでは1人でギターを弾いて動画投稿するぐらいだったけど、バンドをやってみようと思えて今の「RENGEKI」のメンバーとも出会えたし。筋トレは手術の前から少しやってたんですけど、それも本気になりました。
——手術前に始めていたんですね。
Nimo 手術の前に「もしかして本気で痩せて鍛えたら胸なくなったりしないのかな」って最後の希望にすがってダイエットと筋トレを始めたんですよ。結局は痩せても胸はふくらんだままだったので手術で平らにしたんですけど、その後も筋トレはどんどん本格的になっていきました。
——もう胸は平らになったのに、なぜ筋トレにハマっていったんでしょう。
Nimo 「何年も悩み続けて53万円かけて痛い思いまでしたのに、脱がないのはもったいない」って思うようになったんですよね。でも胸を取る前はいつも脱ぐ場面を気にしてたのに、いざ手術してみると「意外と大人って脱ぐ場面なくない?」って気づいちゃって。
——確かに実際に人前で服を脱ぐ場面はそんなにないですよね。
Nimo そうなんです。どんどん見せたい思いは強くなる一方で、ボディメイク大会に出るまでになっちゃいましたし(笑)。でもそうしたら今度は“胸が小さい”ことが悩みになったんです。
——どういうことでしょう?
Nimo 女性化乳房でかさ増しされてただけで、筋トレを始めてみたら大胸筋がそこまで発達しやすいタイプじゃない事に気づいたんです。筋トレ的には「胸がでかい」は褒め言葉ですし、今はそう言ってもらうと嬉しくなりました。
でもやっていくうちに「筋肉の育成ゲーム」みたいな感覚で筋トレが楽しくて仕方なくなっていって、筋肉を仕事にしたいと思いはじめてトレーナーになっちゃいました。
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。

