若い頃は気持ちのコントロールが難しかった

――若い時にパタッと止まることがあったのは、モチベーションを保つのが難しかったのでしょうか。一般論としていうと、いろいろなことに興味を持ちそうな年頃とは思いますが。

豊島 気持ちのコントロールが難しかった面はあります。他のことに興味が湧くというよりは、気持ちが下がって何もやる気が起きなくなる感じです。習慣として続けるという技術がなかったと思います。

――逆に、将棋をやらなくてはいけないという強迫観念にかられたことはありますか。

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豊島 奨励会の時はやらなきゃいけないと思いつつ、出来ていないこともありました。高校に入ってからは、やらなくてはという意識ではなく、自然としっかり将棋をやるようになりましたね。

©︎細田忠/文藝春秋

――モチベーションということについて、「何故、将棋を勝ちたいか」ということを突き詰めるとどうなるのでしょうか。

豊島 勝つために戦略を立てていますが、なんで勝ちたいんですかね。元々勝負を争うものではありますが。

――トーナメントの性質上、勝てば次があるのは大きいですか。

豊島 それはありますね。自分の中で冴えない将棋を指しても、勝てば次に取り返せる機会が出てきます。それは粘る原動力になっていると思います。

「30代で弟子を取っているというイメージはなかった」けれど

――豊島さんにはトーナメントプロとしての面以外に、女流棋士や奨励会員の師匠の面もあります。早いうちから後進の育成は考えていたのでしょうか。

豊島 昔から、ゆくゆくは師匠にしてもらったこと、毎月1回教わって棋譜も見てもらっていたことなどを、誰かに返したいという意識はありましたが、30代で弟子を取っているというイメージはなかったです。

――豊島門下の女流棋士として岩佐美帆子女流初段がいます。初めての弟子を持つという決断はどのようなものでしたか。

豊島 自分が普段からお世話になっている方のところに岩佐が通っていて、その縁での入門でした。彼女には小学生の頃から何度か指導対局をしたことがあり、女流棋士の資格を取った時にいい機会なのかなと思いました。

 彼女は女流棋士になってからの入門ですが、これが奨励会だと、入門からが大変ですね。

――奨励会にも豊島門下の会員がいらっしゃいます。

豊島 競争が大変だとは思いますけど、頑張って四段になって欲しいなと思います。

©︎細田忠/文藝春秋

――弟子に何を教えるというのはありますか。

豊島 逆に、教え過ぎないようにと言うか。私も師匠から技術面でのアドバイスを受けたのは少なく、それが結果的にはよかったのかと思います。

 教え過ぎて自分と似たような存在になったとしても、それで棋士になるのは難しい。教えるというよりは自分なりに考えて自分の形を作っていくのが大切ですね。(つづく)

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