理事になりたいという考えは?
――豊島さんにとって刺激になりますか。
豊島 糸谷さんや天彦さんは少し年上ですけど、そういう存在が順位戦A級で戦っているのは刺激になるというか、自分も努力次第で頑張れるという気持ちになりますね。
――豊島さんは将来、理事にというお考えは。
豊島 自分が理事というのは考えていません。自分が人を動かすというか、意見を集約してどうするかというのは全くできるイメージがありません。その時その時に出てきたテーマを一人の棋士として考えていくとは思いますが。
将棋界は勝負の世界の厳しさと文化的な部分の側面、その両方をファンの方に向けて出して行って、多くの方に見ていただいて関心を持っていただくのが大事かと思います。
長く続いた文化・歴史の対局の雰囲気も好きですし、勝負の厳しさもプレイヤーとしては大変ですが、魅力だと思います。
――そのための発信活動についてはいかがですか。
豊島 その時その時にできることをやっていきたいですね。現在は対局に気持ちが行きがちな部分はありますが、数年前に「NHKフォーカス」で講師を担当した時にすごく反響があり、これは自分にとってもいい経験でした。
対人・AI研究のバランス
――現在の豊島さんについて伺います。まず、今は将棋の勉強をどのように行っているのでしょうか。
豊島 研究会はありますが、定期的にやっているのではなく、対局が少ない時期に指してもらったりという感じですね。あとは対戦相手の研究、公式戦の棋譜を調べる、詰将棋、自分なりの工夫で中終盤の力をつけるということです。
――豊島さんの研究会というと、一時期長くやっていた対人の研究会を全てやめてAIにシフトチェンジされた話が有名です。最近はまた対人もということですが。
豊島 自分が人との研究会をやめた時期はすごい速さでソフトが強くなり、定跡も発展しました。それに追いついていくのが大変で、その定跡を身につけるには一人でやるほうが効率的でしたね。
ただ将棋自体は一人でやるよりも誰かとやるほうが記憶に定着しやすく、どちらにもメリットがあると思います。AIの発展のスピードが一段落して、自分もまた人と指すようになりました。
20代前半の頃は研究会をものすごくやっており、月に最低20回くらいでしたね。公式戦以外全部研究会という感じで、当時の福島の関西将棋会館で毎日のように誰かと指していました。
――まさに実戦漬けだったという感じですが、今はそこまでやれない、あるいはやるメリットがないということでしょうか。
豊島 20代前半だったからというのはありますね。体力的に割と無茶も利きますし、大局観が磨かれていない状態だったので、たくさん実戦を指して経験を積むメリットは大きかったかと。まだAIが本格的に強くなる前の話です。



