新宿の超高層ビルにもネズミはいる
ネズミで思い出すのは、以前新宿の超高層ビルでビル管理の仕事をしていたときのできごとだ。当時私は不動産会社に勤めていて、本社から異動を命じられ新宿の超高層ビルの管理業務を命じられた。本社でオフィスビルの開発や運用はやってきたものの現場での管理業務は初めての体験だった。
着任早々、私のデスクの上には消毒会社からその月に定期的に実施されている「殺鼠殺虫報告書」が置かれていた。内容を見ると「ネズミ60匹」を捕獲退治した旨の記載がある。
まさか超高層ビルでネズミが60匹も捕まるのかと不審に思った私は消毒会社の担当を呼び出し、
「あの、60匹も捕れたのですか。この数、普段はどうなんでしょうか」
と聞くと、担当者は涼しい顔で
「いや、ちょっと多めですかね。念のためもう一回やっておきましょうか」
というので、
「そうだね。じゃ頼みますよ」
と再度の殺鼠殺虫をお願いした。
「せん滅しようとしても無駄だ。躾けるのだ」
数日後、消毒会社の担当者から受け取った報告書に記載されたネズミの数はなんと「57匹」。まったく減っていない。心配になって上司に報告をすると、その上司はニコニコしながら驚くべき発言をした。
「ははは、だめだよそんなことしちゃ。何回やってもそんなに変わりゃしないよ。ネズミの数なんて」
びっくりする私に上司は続けた。
「あのね。ネズミを退治しようとしても無駄だ。この新宿の高層ビル群の下には人間よりも多くのネズミが生息している。うちのビルで殺鼠剤を配管に流し込んでも奴らはあわてて逃げて地下を通って隣のビルに逃げ込むだけだ。逃げ遅れた60匹くらいのバカなネズミが捕まるってことだ。だから奴らはこの広大な新宿の地下を縦横無尽に走り回っているから、殺鼠剤をいくら撒いたってそんなもの消毒会社を儲けさせるだけだよ」
「ネズミはね、せん滅しようとしても無駄だ。いいか、躾けるのだ。のこのこ出てきて人前に姿を晒してはいけないってね。躾けるために定期的に殺鼠剤を撒いて警告を与えるのだよ。そしてその警告を無視してきたら、さらに大量の殺鼠剤を撒いて叱りつけてやるのだよ」
必ず新市場にも姿を現す
さて、翻って築地市場はどうだろうか。今年5月には、4800~4900枚の粘着シートを設置し、約700匹を捕獲、8月には5400枚の粘着シートを設置して700匹超を捕獲したという。やはり、全く減っていない。万単位いるというネズミのうちの「氷山の一角」にすぎないのだ。今回、その8倍にもなる4万枚の粘着シートを使って、より大規模な「ネズミせん滅作戦」を行うことになるが、果たして何匹捕獲されるのだろうか。単純計算でも5600匹ということになるが、それさえ「氷山の一角」にすぎないのだ。
10月に移転する豊洲新市場でもやがてネズミが生息するようになるだろう。新市場は最新の市場であるからネズミは出ないと高をくくっているかもしれないが、奴らは必ず新市場にもその姿を現すことだろう。新市場でも新たに「躾ける」ことでネズミたちに粗相をさせないようにしていくしかなさそうだ。
そんな思い出話を夜遅く、客の多くが帰った新橋の古いビルの地下の居酒屋で話していると、私の席の数メートル先を猫と見紛うほどの立派な体躯をしたネズミが悠然と横切って行った。ネズミはこのビルの主であるかのような余裕の顔つきだった。ネズミ恐るべしだ。