隈 金融資本主義的な都市開発が広がったことで、より売りやすいものを作るためにノーといわないゼネコンの設計部や、海外のスター建築家が重用されています。海外の方は日本の生活に関心がそこまでないからね。
山本 自由競争が過ぎる。まさしく日本は「『新自由主義』信奉者の植民地」のようです。
隈 このまま住民が置き去りの空間が広がると、都市の中でその地区はエンクロージャー、つまり閉じた地域になってしまうでしょう。金融資本主義というゲームに支配される社会。緑と広場とタワーに囲まれてはいても、住む人もおらず、都市自体が空墟化した町。
僕は日本がそうなるのを見たくない。日本に住んでいて、日本の生活に関心がある。だから、そうした海外の大企業や資本主義が求める金融商品にどうにか対抗しようと、日本を見捨てたくない思いで都市開発の設計に関わっています。
山本 私が隈さんを2割くらい認めているのはその思いをもっていることなんだよね。逆にいえば、隈さんを批判する理由もそこにある。心意気は買うけれど、それが上手くいってるんだろうか。隈さんが大企業の関わった都市の再開発に携わっていて、金融ロジックのために働いているのも事実でしょう。
東京を見捨てない
隈 ちゃんとイエス、ノーをうまく言いながらやっていますよ。改革をしようとしたら、色んな人を巻き込む必要もあるし、多くの人と関わり続けなければいけませんから。
山本 とはいえ、つきあう仲間が悪すぎるんじゃない?(笑)
そういう意味で隈さんを被害者だとも思っているけれど、人が良いから都合よく使われてしまい、結果として金融資本主義的な都市開発の片棒を担がされているのでは?
隈 関わらなくなるのは簡単ですが、海外の大企業が先導するマネーゲームの状況下で都市に関わる努力をやめてしまえば、日本の町は簡単に見捨てられてしまいます。
山本 私も隈さんと同じ思いです。日本の将来にとって建築家が今一番重要な立場に居ると思っている。
※本記事の全文(9000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年6月号に掲載されています(山本理顕×隈研吾「巨匠“激突” これでいいのか、日本の都市開発」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・山本理顕氏は「研究室の大親分」だった
・住宅政策が弱者救済から一気に金融商品になった
・安倍政権下、金融資本主義型の都市政策に「ターボ」がついた

