渋谷のランドマークとして親しまれてきた「ハンズ渋谷店」が、2026年11月に閉店することが発表された。「100年に一度の大規模開発」が進行中の渋谷駅周辺エリアでは、長年にわたって愛されてきた店舗の閉店が相次いでいる。
今年3月には、西武渋谷店が9月末に閉店されるとの発表があった。これを受けて、書評家・作家の永江朗さんが、西武渋谷店の思い出を『文藝春秋』に寄稿した。その一部を紹介します。
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いくつかの偶然が重なって、81年、ニューアート西武に入社した。ニューアート西武に入社する前、二度目の4年生だったぼくは西武美術館でアルバイトをしていて、その夏に完成した軽井沢高輪美術館(現・セゾン現代美術館)のオープニングにも加わった。千ヶ滝の貸し別荘で西武百貨店文化事業部の社員たちと合宿のような日々を送った。開館記念は「マルセル・デュシャン展」。記念イベントにはジョン・ケージ(前衛作曲家。『4分33秒』などの作品で知られる)も登場した。ケージは演奏しながら公演会場の講堂から廊下に出て、そこにあった案内板と台座を引きずってキーキーという音をさせた。ぼくの目の前、手を伸ばせば届くところにジョン・ケージがいる。観客は興奮していた。ケージは周囲をちらっと見て、いたずらする子供のような笑みを浮かべ、音を立て続ける。それをナム・ジュン・パイク(「ビデオ・アート」を創始した現代美術家)がビデオに撮り、久保田成子(ナム・ジュン・パイクの妻で、同じく現代美術家)が見守っていた。
軽井沢の夏が終わってぼくは東京に帰り、秋からアールヴィヴァンで働き始めた。ニューアート西武に入社してすぐのころ、上司だった高橋信也(現・京都市参事)が、当時流行していた「なめ猫」を例にこんなことをいった。百貨店はなめ猫を作り出すことはできないけれど、なめ猫が流行りそうだと知ったら翌日には店頭に並べることができる。

