池袋と渋谷では売れる本が違う

 84年にシブヤ西武で働き始めて、同じ西武百貨店でも池袋店とはずいぶん雰囲気が違うことに気づいた。なんというか、のんびりしているのだ。店の規模もまったく違う。渋谷店は池袋店の半分以下の売場面積だし、池袋店のような美術館も大型書店もカルチャーセンターもなかった。ぽえむ・ぱろうるの店長は、池袋と渋谷では売れる本が違うといっていた。池袋で売れる詩集は難解で重厚で、渋谷では軽くポップなものが多いと。

 こんなことがあった。カンカンポアが開店する直前だったと思うけれど、A館の催事場を使ってアートポスターの展示即売会を開いた。ポスターといっても海外の美術館やギャラリーがつくったもので、リトグラフやシルクスクリーンによる、版画作品といってもいい高品質のポスターを集めた。定休日前日の閉店後、アールヴィヴァンのスタッフたちと準備作業をした。がらんとした夜の催事場は静かだった。

セゾン文化を築き上げた堤清二 ©文藝春秋

 池袋店だとこうはいかない。今もあるのかどうか知らないが、ボン・マルシェという大がかりなバーゲンセールが毎年行われていた。日本の書籍・雑誌は出版社との契約で値引き販売できないので、アールヴィヴァンがいわば書籍部代表として、海外の画集やミュージアムグッズなどをバーゲン会場に並べた。その準備作業はちょっとした戦場のようだった。誰もが殺気立っていて、商品の陳列台や台車の使用をめぐってあちこちで小競り合いが起きた。殴り合いになることさえあった。準備は徹夜でおこなわれ、寝具売場のベッドで仮眠する者もいた。バーゲン当日は開店時から客の熱気がすごかった。そのなかでアールヴィヴァンは浮いていたし、婦人服や食器・生活雑貨の部からは邪魔者扱いされた。その視線に「文化事業だか何だか知らないが、この金食い虫め。金を稼いでいるのはオレたちなんだぞ」という無言の圧力を感じたのはぼくの被害妄想だろうか。

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 だが、これは自戒を込めて書くのだが、文化事業部はじめ、後に「セゾン文化」と呼ばれるものの関連部署で働く社員たちにいささか鼻持ちならないところがあったのは事実だろう。アールヴィヴァンで働き始めて間もないころ、先輩社員が「この店はね、堤会長のお声掛かりでできたんだよ」といったのを覚えている。「お声掛かりだなんて、江戸時代の殿さまかよ」と今ならツッコミを入れるところだけど。(文中敬称略)

※この続きでは、永江朗さんが西武渋谷店で働いていたときのエピソードがさらに語られています。約7200字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年6月号に掲載されています(永江朗「さらば、ぼくのシブヤ西武」)。

文藝春秋

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さらば、ぼくのシブヤ西武

出典元

文藝春秋

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