父は包丁を突き付けてきた

 父に押さえつけられるばかりだった理奈さんは、この頃、激しく反発するようになった。

「仕事に行かないくせに、偉そうに言うな」

 理奈さんは日頃の不満をぶつけた。すると、父はいきなり、包丁を持ち、突きつけた。理奈さんも負けていなかった。台所から包丁を取り、父に刃を向けて叫ぶ。

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「殺せるなら殺してみろ。どうせ捕まって終わるだけだから。私は別に死んでもいいんだ。産んでほしいなんて頼んでないし」

 予想外の反撃に父は黙りこんだ。ブツブツ言いながら、包丁を置き、自室に戻っていった。理奈さんが振り返る。

画像はイメージ ©yamasan/イメージマート

「私が爆発して不満をぶちまけたら大げんかになったんです。正論を言われると逆上する人なんですよ」

 その後も父の状況は悪くなるばかりだった。夜は不在にしていても、朝には戻る父が理奈さんに言った。

「俺が朝いなくて、携帯電話だけ置いてあったら、死んだと思ってくれ」

 理奈さんの不安は膨らみ、落ち着かなくなった。

「父は優しい時よりきつい時の方が多くなり、暴力を振るいました。家には居場所がありませんでした」

激化するいじめから救ってくれたのは……

 居場所は学校にもなかった。小学校時代から多動傾向をからかわれていた。

「障害者だと言われていじめを受け、蹴られることもありました」

 やがて追い詰められてリストカットをするようになった。中学校の教室では友達の話題についていけず、いじめはひどくなった。

「私だけ携帯電話を買ってもらえなくて……」

 動画やSNSの話で盛り上がる同級生を横目に、ぽつんと座っていた。担任に訴えても、「いじめるのにも理由があるんじゃないか」と言われた。思い切って校長に伝えると、相談に乗ってくれた。校長室のソファに座り、涙ぐんだ。

「助けてください。教室ではいじめられるし、父は自殺をほのめかしています。私はご飯もまともに食べられなくて……」

 校長の男性は優しく事情を聴き、「教室にいづらいなら相談室にいればいい」と助言した。相談室では職員が付き添った。発達障害も考慮し、特別支援学級と相談室、教室を行き来する形に。さらに、校長は役所と連絡を取り、父を精神科病院につないでくれて、その後、生活保護を受給できるようになった。

「父と食事をする回数は増えました」

 だが、父はパチンコや酒に浪費し、生活は不安定だった。そんな時、埼玉に住むおばの木下純子さんの誘いを思い出した。

「中学校を出たら、うちから高校に通う?」

 中学校の修学旅行が近づいた頃、理奈さんはひそかに決心を固めていた。

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