対談では“地”が出る
五木 光栄です。僕は対談を作家の余技だと思ったことはなく、すごく大切にしてきたんです。普段、ものを書いているときって、やっぱりそれなりに構えているところがありますでしょう。でも、対談だとお互い“地”が出るんだ。しかも最近は新しいカルチュアを作っていくには対談が大事だと方々で言っているので、林さんと今日、“対談”をテーマにお話しできるのを楽しみにしてきました。
僕は林さんの28年には遠く及びませんが、1971年から「週刊読売」で「真夜中対談」という対談の連載を持っていました。漫画家の近藤日出造さんの後任だったから、相当緊張しましたね。できるだけ遅い時間に対談するというコンセプトで、永六輔さんや歌手の浅川マキさん、篠山紀信さんなどと話ができて楽しかったです。
そのあと、1975年から76年まで「週刊小説」で、「ぶっつけ対談」という連載もやりました。タイトル通り、計画を立てずに当時「デンスケ」と呼ばれていた録音機を持って街に出て、友だちがいそうなところを回って、見つけたら、「対談をやろうよ」と言って、テープを回し始めるんだ(笑)。
林 みなさんよく応じてくれましたね。
五木 いま思えばそうだよね。阿佐田哲也さんや石岡瑛子さん、ジャズシンガーの笠井紀美子さん、「話の特集」の編集長だった矢崎泰久さんなど、いろんなひとと。
林 70年代の匂いがしますね。
私はかねてから「対談」の「対」は、「対等」の「対」で、「インタビュー」とは違うと思っているんですが、先生はどうお考えですか?
五木 同感です。インタビューもすごく面白い仕事なんだけど、対談とは全然違います。
林 先生のように「対談の名手」と言われる方は、聞き上手であるだけでなく、ご自身のこともチラッチラッとお話しされるじゃないですか。そこにお人柄が出て面白いんですよね。「私もこうなんですよ」みたいなことがうまく言える人は、やはりお上手だなと。
五木 いやいや、ある程度、こちらの手の内をさらけ出して、身構えないで話をするから、対談になるんです。
※本記事の全文(9000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(五木寛之×林真理子「名人ふたり、『対談』の対談」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・対談の密かな醍醐味
・八千草薫さんは忘れられない
・キース・リチャーズと意気投合

